第101話
リヴェルナ革命評議会はそれまで使っていた山岳地帯のアジトを引き払い、拠点を旧ヤーバリーズ基地に移していた。急激に増えつつある支配地域を円滑に統治するためにも、交通の
実際、ヤーバリーズ以外の支配地域では一部の急進派が市民への略奪や暴行事件を起こす事例も見られるようになり、革命評議会の軍司令部は規律の引き締めに躍起となっている。支配地域における諸物資の不足も悩ましい問題で、どの問題も早く解決しなければ民衆の不満が募るばかりである。
また、支配地域の統治するための人材の確保も
革命評議会の指導者であるギレネスは、そんな様々な
ギレネスが新たに議長室として改装された基地の旧将官室でいつものように書類の決裁を行っていると、最近新しく彼につくことになった、黒いスーツに身を包む秘書の女性がノックをして部屋に入ってきた。
「……議長、ご指示のあった書類の整理が全て完了いたしました」
「ご苦労様。今の書類を片付けるまでには少し時間がかかりますから、それまでは休憩していてください」
ギレネスは献身的に仕事をこなしてくれている、赤い髪をした秘書の女性に声をかけた。
「……いえ、それなら議長にお茶でも……」
「気遣ってくれるのは嬉しいですけれど、今回はその気持ちだけ受け取っておきましょうか。まだここに慣れていないあなたを働かせすぎるのもどうかと思いますし」
「……しかし……」
「いいから休んでください。これ以上あなたを酷使して、ベゼルグに文句を言われたくはありませんからね、ホリー・ディザーグ」
ギレネスはディアンズ姓からディザーグ姓に名前を変えた彼女、ホリーに強い調子で言った。
そこまで言われては、今の彼女にこれ以上拒否する選択肢はない。
「……分かりました。そこまで議長がおっしゃられるのでしたら、休ませていただきます」
「うん、いい返事です。流石は軍人だっただけのことはあります」
ギレネスのその言葉にホリーは表情を曇らせる。
「……あの、議長、ひとつよろしいでしょうか?」
「何かな?」
「……どうして軍を裏切ったばかりのわたしをこんな大切な仕事につけたのですか?」
「あなたにその能力があったからに決まっているでしょう」
「わたしが、再度軍に復帰する危険などは考えなかったのですか?」
「スパイの危険性ですか? あなたが裏切ってきた状況から考えてそれはあり得ませんね」
ホリーの疑問をギレネスは一笑に付す。取るに足らない問題であると言いたげであった。
「そうでしょうか?」
「そうだと思いますけれどね。スパイが、公式記録から抹消されている実の父親に会うために特務部隊を裏切ってきた、なんて筋書きを描くとは到底思えません。それに……」
「……それに?」
「当のベゼルグ本人があなたのことを娘だと認めたんです。それ以上のお墨付きはいらないと私は思いますけどね」
ギレネスは穏やかな微笑みを浮かべながらそう言い、それを見たホリーは首をひねった。そのことと自分の信用がどうつながるのか、というような表情を浮かべている。
「……正直、あの人が父親であることをわたしはまだ完全には受け入れられませんけれど……」
「それはベゼルグの方も似たようなものだと思いますよ。何せ二十年もの長い間、あなたたち家族と引き離された生活を余儀なくされていたのですからね」
戸惑いながらも正直な気持ちを打ち明けたホリーに、ギレネスは気遣うような口調で言う。あるいはそれは、この場にいないベゼルグのことも気遣ってのことなのかも知れない。
「……それは聞きました。サヴィテリア連邦に
「ええ、そうですよ。リヴェルナ共和国政府の闇取引によってね」
「……一体誰がそんなことを目論んだのでしょう……?」
「……それに興味がありますか?」
そこでギレネスは一瞬だけ冷徹な指導者の顔を見せた。ギラリとした視線でホリーのことを睥睨する。
ホリーはその視線に一瞬だけひるんだものの、すぐに真っ直ぐにギレネスに視線を向けた。
「知りたいです。そのことが私と父がお互いを理解しあうための、最初の一歩だと思っています」
「ふむ……」
ギレネスは表情を平静に戻し、考え込むような仕草を見せた。その間、ホリーはただただギレネスの方を見つめ続けていた。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのはギレネスだった。
「あなたのそういうところは、かなり父親に似ている感じはしますけどね」
「……」
「まあそれは置いておいて、ベゼルグを陥れた犯人ということですね。私も正直なところ、事件の黒幕のことについては良くわかりませんが、その時、現場で彼を追い詰めたという男の名前は聞いています」
「それは一体……?」
「確か、ニデア・クォートという名前でしたかね」
「ニデア・クォート……!」
ホリーは予想だにしなかった人物の名前を聞き、はっきりと驚愕した。
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