第十二章 歯車は回る
第100話
ヤーバリーズ基地陥落後、僕たちノーヴル・ラークスは南部方面へと撤退した。北部方面の道は警戒が厳しいことが予想されたのもあったが、トマス少尉のような重傷者を抱えている状態であまり遠くまではいけないという事情もあった。
結果的に僕らが撤退先に選んだのはかつて僕らがいたヴェレンゲル基地だった。WPの整備が出来て、かつある程度距離が近く、大規模な基地となると他に候補がなかったのだ。
ヴェレンゲル基地に到着するなり、僕は重傷を負っていたトマス少尉と一緒に病院に担ぎ込まれた。外傷はなかったものの、TRCSの使い過ぎによる後遺症が残っていないかの検査をする必要があるとエレイアが主張し、隊長もそれを認めたからだった。
エレイアの主張はともかく、隊長の指示とあっては僕も逆らえない。僕は大人しく入院し数日の間様々な検査を受ける生活を送っていた。
ヴェレンゲルの病院に入院してから一週間が過ぎたころ、僕は病室で意外な人物の訪問を受けることとなる。
「ニデア・クォート大佐……!」
「久しぶりだな、ナオキ・メトバ曹長」
ニデア大佐は最後にリヴェルナで会った頃と変わらない無表情で病室に入ってきた。
僕がベッドから起き上がって敬礼をしようとすると、ニデア大佐は小さく手で制した。
「敬礼は構わん。病人が無理をすることも無い」
「いえ、もう平気ですので」
「そうかな? 資料などを分析すると、君はどうも駄目な時でも強がりを言いたがる節があるからな」
ニデア大佐は淡々とした調子で僕を諭し、痛いところを突かれた僕は話題を変えることにした。確かに僕は、本当に弱っているようなタイミングでも大丈夫だと虚勢を張るようなようなところがある。
「……ところで、今日は一体何の用ですか、大佐?」
「今日のところは君に用があったわけではない。トラヴィス・マクリーン陸軍参謀総長の名代としてノーヴル・ラークスに陣中見舞いを届けに来た」
「マクリーン参謀総長の……?」
久しぶりに聞く名前に僕が問い返すと、ニデア大佐は静かにうなずいた。
「君も知っての通り、現在共和国軍はヤーバリーズ陥落の後処理に追われていて、中々ノーヴル・ラークスに対する支援にまで手が回らない状態だ。マクリーン参謀総長にノーヴル・ラークスを激励してきてやってほしいと頼み込まれてな」
「それは……ありがとうございます……」
「礼には及ばん。今はどこも人手不足の状態だ。今後は君達にもこれまで以上の活躍を期待せねばならん」
僕は一応礼を述べたけれど、ニデア大佐の対応はやはり素っ気なかった。
「TRCSの使い過ぎが原因で倒れたと聞いたが、思っていたよりは元気そうだな、曹長?」
「……はい。お恥ずかしい限りですが……」
僕がそういうと、ニデア大佐はぴくりと右目をつり上げた。
「恥ずかしがることもあるまい。君がそうやってTRCSを使ってくれているお陰で、こちらとしては助かっている面もある」
「しかし……いえ、そうですね。自分が後に続く人々の為に道を作っているのですから、さっきのような物言いは良くありませんよね」
僕は途中で言葉を変える。あまり後ろ向きな言葉ばかり述べるのも良くない。ここは前向きな見通しを述べる時だ。
「……なかなか言うようになったな曹長。それでいい」
僕の言葉を受けて、小さくうなずくニデア大佐。
「君がその調子ならば、そろそろエクリプスの強化プランを実行に移しても良いだろう」
「……エクリプスの強化プラン、でありますか?」
「そうだ、君の残している戦闘データを元に現行のエクリプスの性能を底上げする計画がある。敵のWPの開発能力も思った以上に進んでいることが今回の事態ではっきりしたからな」
「具体的にはどのような……?」
「それについては退院した後、エレイア・ヴィシーにでも聞いてくれ。私はあくまで計画の進行具合を監察するだけだ」
そこまで言うと、ニデア大佐は僕に背を向けた。どうやら大佐が伝えたかったことはそのことであったらしい。
しかし、僕には大佐に聞きたいことがまだ残っている。
「お待ちいただけますか、大佐」
「まだ何かあるのかな、曹長」
「……一つだけ、お聞きしたいことがあります」
僕がそういうと、ニデア大佐は再び僕の方を向いた。
「君が聞きたいのは、ホリー・ディアンズ軍曹のことだろう?」
「! ……何故そのことを?」
「私がこちらに来たのは、その一件に関してマクリーン参謀総長からの信書をジェノ大尉に渡すためでもあったのでな」
驚く僕に、ニデア大佐は変わらぬ口調で語る。
「……信書の内容はどのようなものだったのでしょう?」
「分からんな。ただ、ひとまずはMIA(戦闘中行方不明)扱いにして様子を見るように、といったようなところであろうとは思うがな」
「……大佐は、ホリー軍曹のことを知っていたのですか?」
「それを知ってどうするつもりかね?」
ニデア大佐は冷ややかな視線で僕を見つめる。僕はそれに負けないように強い意志を持って大佐のことを見つめ返した。
「自分は……、これ以上何も知らないまま戦いたくはありません!」
「戦いにおいて知りすぎることは決してプラスの行為ではないぞ」
「それでも、このことについて事実を知らなければ彼女を救うことが出来ません! ……今必要なのは、彼女に対する正確な理解です」
僕はそこまでをはっきりと言い切る。思えば、僕はホリー軍曹のことをあまりにも知ろうとしてこなかった。そのつけが今になって回ってきたのだと思うと心の中が後悔で満たされる。でも、後悔している暇はない。今からでも彼女のことを知らねばならなかった。
「……私もそれほど時間に余裕があるわけではないのだがな」
「要点だけで構いません。彼女とベゼルグ・ディザーグとの関係について、大佐の知る限りのことを……お願いいたします」
大佐の冷ややかな言葉にも負けずに僕は頭を下げる。今は必要ならば地面に這いつくばってでも彼女の情報が知りたかった。
ニデア大佐の返事は中々返ってこない。しかし、大佐がその場から立ち去る足音も聞こえてこない。
僕がじっと頭を下げて待っていると、大佐はぽつりとこう言った。
「ここでは少々具合が悪い。場所を変えるぞ、曹長」
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