第98話
その頃、運搬車両とそれを護衛するジャック・オーヴィル曹長の02FAは敵の攻撃を受けることも無く、通用口へと到達していた。
通用口付近には敵WPの
「これをやったのはナオキ曹長かしら? 一人でこれだけ戦えるなんて、本当に驚くほど強くなったわね……」
運搬車両を運転しながら、サフィール・エンディード准尉は率直な感想を漏らした。
半年前まではWPに触れたことも無かったはずのナオキが、これほどまでの成長を遂げるとは流石のサフィールも予想だにしていなかった。
と、そこでサフィールは助手席のホリー・ディアンズ軍曹の方をちらりと見た。
ホリー軍曹は顔面を
「ホリー軍曹、どうかしたの?」
流石に気になったサフィールは声をかけるが、ホリー軍曹の様子は変わらない。
「ちょっとホリー軍曹、何やってるの!」
今度はかなり強い調子で怒鳴ってみる。すると、ホリー軍曹はようやくハッとしたようにサフィールの方を向いた。
「は、は、は、はいっ! 何ですかサフィール准尉?」
「何ですかじゃないわよ。この非常時に顔を真っ青にしてぼんやりして」
「す、すみません。ちょっと集中を欠いていました」
平謝りするホリー軍曹だったが、その様子を見たサフィールは彼女特有の感覚で何かを感じ取った。
「ねえ、ホリー軍曹。こんな時になんだけど、あなた、私たちに何か隠しているんじゃないの?」
「えっ?」
サフィールのその言葉にホリー軍曹はわずかに体を震わせる。
「この間の革命評議会の放送を見ていた時も変だな、とは思ったのよ。でも、今日またあの時と同じような感じの態度になっていて……共通点があるとすれば、あのベゼルグ・ディザーグという男を見ていたということよ」
「……」
サフィールのその言葉にホリー軍曹は黙ったままうつむいた。
「答えてちょうだいホリー軍曹。あなた、あのベゼルグとかいう男と何か関わりがあるんじゃないの? そうでなければ革命評議会と何か関係があるとか……」
「……今はまだ、何も言えません。私自身にも、分からないんです……」
「え? それはどういうことなの……?」
ホリー軍曹の言葉にサフィールが思わず彼女の方を見た時だった。
「サフィール准尉、停車してくれよ。ここが作戦指揮所だぜ」
外で護衛に当たっていたジャック曹長から連絡が入る。彼の言う通り、作戦指揮所の前まで来ていた。
サフィールはそれを見て慌てて車を止める。
「ホリー軍曹、ひとまず今の話は後回しにしておくわ! 今は作戦指揮所にいる人員の救出を手伝ってちょうだい」
「……了解です」
ホリー軍曹はそう言ってうなずいて見せたが、内心では違うことを考えていた。
それからしばらく後のこと。
僕が短い仮眠から目を覚ますと外が何やら騒がしかった。
ブリーフィングルームの外にいたらしいエレイアが僕に駆け寄ってくる。
「あら、目が覚めたのねナオキ曹長。グッドタイミングよ」
「まさか、援軍が到着したのかい?」
「そのまさかよ。サフィール准尉たちがここに来てくれたの」
「サフィール准尉が? ジェノ隊長は?」
「詳しくは分からないけれど、基地の入り口で敵を引き付けてくれているみたいよ。ここにはあとジャック曹長が来てくれていて、今は正面を見張ってくれているわ」
「そうか……」
「ナオキ曹長、ひとりで立てそうかしら?」
エレイアの言葉に僕はゆっくりと立ち上がってみた。
その途端、頭に鈍い痛みが走ったけれど、仮眠をしたのが効いたのかどうにかひとりで立ち上がることが出来た。
「動けそう?」
「何とか」
「焦ることはないわ。ゆっくり行きましょう。エクリプスも今有線操縦で運搬車両に積み込んでもらっているしね」
エレイアに付き添われて僕はブリーフィングルームを出た。
作戦指揮所の入り口ではサフィール准尉が人員の指揮を執っている。
「サフィール准尉、ご無事でしたか」
「ナオキ曹長、あなたこそ大丈夫なの?」
「はい、ちょっと情けない恰好ですけどね」
僕はサフィール准尉に笑って見せたが、准尉は心配そうな顔をしている。
「随分派手に戦っていたみたいだけど、あまり無茶ばかりしていちゃダメよ。実家のお母さんも心配するでしょうし、ホリー軍曹だって……」
「あれ? そういえばホリー軍曹はどこに?」
「今は作戦指揮所の人を中から外に誘導するように、って指示を出しているはずだけど」
「それは変ね。あなたたちが来てから一度も彼女の姿を見てないんだけど」
「え?」
エレイアの言葉に僕とサフィール准尉は同時に顔色を変えた。
「どういうことなんだ? 彼女が命令違反をするなんて……」
「それよりどこに行ったのかしら。この基地内、どこに行っても敵だらけなのに」
「……まさかね」
僕とエレイアが戸惑うなかで、サフィール准尉だけが固く青ざめた表情をしていた。
「サフィール准尉、何か心当たりが?」
「……今はそのことを話している暇はないわ。とにかくあなたたちも運搬車両に急いで。いつ敵が来るかも分からないわ」
「しかし、ホリー軍曹を見捨てるわけにも……」
サフィール准尉の言葉に僕が反論をしかけたその時、外から爆音が響いた。
「まさか……敵が来ちゃったの?」
「サフィール准尉、エクリプスは出られますか?」
「もう運搬車両に積み込んでしまったわ。それに今のあなたの状態で操縦させるのは、上官として認められないわね」
「そんなことを言っている場合じゃないです。ジャックひとりでは……」
「ここはジャック曹長を信頼しなさい、ナオキ曹長」
「くっ……」
サフィール准尉に制止されたものの、諦めきれない僕は重い体を引きずるように走り、作戦指揮所の正面に出た。
ジャックの02FAが例の尻尾付きと
「ジャック、どうしたんだ?」
「ナオキか、良いところに来てくれたぜ」
「え?」
「あれを止めてくれねえか。多分お前じゃねえとあれは止められねえ」
そう言ってジャックは正面の敵機を見るように
すっかり見慣れてしまった尻尾付きの機体。そして、その横で機体を有線制御している人物を見た僕は、その場に凍り付いた。
共和国軍の制服を着た、ショートヘアの赤毛の女性。
その表情にはいつもの笑顔はなく、
ホリー・ディアンズ軍曹だった。
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