第97話



「ナオキ曹長……ナオキ曹長……ナオキ・メトバ曹長!」

「……うっ……!」


 名前を呼ぶ声が聞こえてきて、僕は頭がズキズキと痛むのをこらえながらゆっくりと目を開いた。

 すると、目の前に涙目になりながら僕のことを見つめているエレイアの顔が見えた。


「エレイア……? ここは……」

「作戦指揮所のブリーフィングルームの中よ。あなた、TRCSの使い過ぎで作戦指揮所の前に倒れこんじゃったのよ」


 エレイアのその言葉に僕は倒れる直前の状況を思い出した。

 ベゼルグの操るクォデネンツを追い詰めたところで僕は一度限界に達してしまい、その場に崩れてしまった。その後危うく銃で撃たれるかというところでトマス少尉が……。


「そうだ、エレイア! トマス少尉は?」

「あなたと一緒に救出したわ。かなり危うい状態だけど、今のところは何とか持っているみたい。今は隊長室のベッドで安静になってもらっているわ」

「そうか。すぐにでも医者に見せないと……くっ!」


 僕は立ち上がろうとしたがひどい頭痛がして、思わずその場にうずくまってしまう。


「無茶しないでよナオキ曹長。あなただって本当なら即刻メディカルチェックが必要な状態なのよ!」


 エレイアが少しヒステリックな声で言った。


「TRCSの反動って、こんなにも厳しいものなのか」

「そうよ。……あのシステムは、言ってみれば被験者の脳を操縦システムと強引に一体化させるためのものなの。脳が本来扱うべき情報量を大きく超える情報を処理させてそれを本体にフィードバックさせるわけだから、そんなことをさせられている脳がただで済むはずがないわ」


 エレイアの話を僕は痛む頭をさすりながら静かに聞いていた。


「エレイア、このシステムを使い続けていたら、僕は死ぬのかい?」

「……まだ実験が初期段階の頃には、調整不足もあってシステムの暴走で犠牲になった人間も確かにいたわ。でも、今のシステムはそういった犠牲者たちが残してくれたデータを参考にして調整がなされているから、極端に使いすぎでもしない限りはまず死にはしない、と思っていたわ」

「思っていた? どうして過去形なんだ?」


 エレイアの語った内容の大半にあえて目をつぶり、僕は問い返した。


「あなたが無茶しすぎているからに決まってるでしょ! 今だってまともに立ち上がれなかったじゃないの。アタシは医者じゃないけれど、そんな状態で戦いに行け、なんて口が裂けても言えないわ」

「……くっ! それでも……今は……行かなければ……」


 僕はエレイアの言葉に構わず起き上がろうとするが、体にまるで力が入らず側にいたエレイアに抑え込まれてしまい、再び横になった。


「見なさい。もう体に力が入らないでしょ? どのみちエクリプスもまだエネルギー充填中で動かせないし、ひとまずここでジェノ隊長たちが来るのを待ちましょうよ」

「……わかったよエレイア。それで、ジェノ隊長たちと連絡は取れたのかい?」


 体をまともに動かすことさえかなわないことを悟った僕は、仕方なく抵抗を止めて横になり、話題を切り替えた。


「さっき確認していたみたいだけど、まだ通信妨害が続いているみたい。最初よりは弱まっているらしいけれど、通信の回復には至らないそうよ」

「そうか。出来るだけ早く隊長たちと連絡を取りたいところなんだけれど……」

「さっきの敵のことが気になるワケ?」

「それもあるけれど、今の状況から考えてこれ以上ヤーバリーズ基地は保てないだろうし、どうにかして生存者を救出して撤退を考えた方が良いと思ってね」

「あら、ちょっと前に比べると随分弱気なのね」

「一人ですべての敵を倒せると思うほど、僕は傲慢ごうまんじゃないよ」


 エレイアの指摘に僕は苦笑した。


「こんなに簡単に基地を諦めちゃうなんてのは、軍人失格だと思うけれど……」

「ナオキ曹長の今日の戦いぶりを見て軍人失格だなんていう奴がいたら、アタシはそいつの見識を疑うけどね」

「ハハ……ありがとう、エレイア。……それじゃあ、援軍が来るまでもう少し休んでいるとするよ」


 僕はエレイアの心遣いに感謝すると、ゆっくりと目を閉じた。




 ベゼルグ・ディザーグとジェノたちの戦いはベゼルグが優勢に進めていた。

 ブレードを装備したベゼルグの機体がガトリング砲を装備した僚機に側面から支援させつつ切り込んでいく戦術を取っているのに対して、ジェノ達はケヴィン曹長がスペクターで側面支援を行いつつ、ジェノの02FDがベゼルグを迎え撃つ形を取っていた。

 似たような戦術を取ってはいるものの、戦いが進むにつれて両者の装備している火器の差が徐々に表面化し始める。

 尻尾付きの装備している大口径のガトリング砲は射程が長く、かすめただけでも機体にダメージを与えられるのに対し、スペクターの固定型マシンガンは直撃させなければまともなダメージにならない上に有効射程がやや短い。

 更に、ベゼルグの装備しているブレードは共和国軍制式のアサルトブレードを流用しているらしく、遠距離での援護をその本領とする02FD型を運用しているジェノにとってはシールドで受け止めるくらいしか選択肢がない。

 ジェノは勿論のこと、ケヴィン曹長も初めての実戦とは思えないほどの奮戦を見せていたが、絶対的な火力の差を埋めるまでには至らず、二人は徐々に追い込まれていった。


「中々粘るじゃねえか。ノーヴル・ラークスの隊長の肩書きは伊達じゃあないってことか」

「そちらこそどうした? 手を出し惜しみでもしているわけでもあるまい」


 繰り返されるベゼルグの猛攻をシールドで防ぎつつ、ジェノはベゼルグの挑発に挑発で返す。


「出し惜しみか。まぁ、そう言われても無理はないか。俺の狙いはお前さんの部下なんでな」

「ナオキ曹長のことか!」

「もっとも、さっき俺と戦った時に既に限界っぽいところを見せていたからな。今無事かどうかも分かりはしないが」

「何?」


 そのベゼルグの言葉にジェノは一瞬気を取られてしまう。

 そのスキをベゼルグは見逃さない。


「甘えな、隊長さんよ!」


 ベゼルグは素早く機体を操作して、ブレードを一旦02FDから放しつつ横に機体をひねらせてその特徴的な尻尾の部分を02FDにぶつけさせる。

 横からの強烈な一撃をまともに受けてしまい、02FDは大きくよろめいてしまう。

 有線で操縦しているジェノもその余波よはを受けて姿勢を崩してしまった。


「くうっ!」

「そら、こいつでとどめだ!」


 ベゼルグは容赦なく尻尾付きに指示を下し、ブレードを大上段から振り下ろさせる。

 ブレードはシールドごと02FDを両断した。


「た、隊長……!」


 それまでガトリング装備のもう一機と銃撃戦を展開していたケヴィン曹長が、慌てて撃ち合いを止めジェノの支援に回った。

 スペクターの攻撃を受けたベゼルグはひとまず尻尾付きを後退させる。


「すまん、助かったよケヴィン曹長」

「いえ、隊長がご無事で何よりです。それよりも……」

「ああ、この状況は、だな」


 ケヴィン曹長に謝意を示しつつも、彼の言葉にジェノは厳しい表情を浮かべた。

 一対二。数で不利になっただけでなく、火力で劣り接近戦のできないスペクターではどうあがいてもあの尻尾付きには勝てそうにはない。


「……ここは退くしかないな」


 ジェノは小声で結論を述べた。これ以上の交戦は意味がない。


「しかし、どうします? おとなしくこちらを逃がしてくれるでしょうか?」

「ひとつ策がある」


 ジェノはベゼルグ達をにらみつけつつ、近付いてきたケヴィン曹長に小声で指示を飛ばす。

 それを聞いたケヴィン曹長は戸惑いを見せながらもうなずいた。

 ベゼルグたちは臨戦態勢を維持しながらも、仕掛けずにこちらの様子をうかがっている。


「ベゼルグ・ディザーグ、今回はこちらの負けだが、次はこうはいかんぞ!」

「ふん、尻尾を巻いて逃げるつもりかよ」

「そうではない。時間を改めて、また貴様に会いに来てやるさ」

「偉そうに言いやがる……!」


 ベゼルグは口では挑発を繰り返しているものの、実際に追おうとする気配は見せていない

 それを見てとったジェノはスペクターの予備ステップに体を預けると、反対側にいるケヴィン曹長に指示を出し、スペクターを発進させる。


「隊長、さっきの指示ですけれど……」

「どうやら相手には追うつもりがないらしい。このまま後退だ」


 ケヴィン曹長の問いにジェノは答え、そのままスペクターは通用口方面へと後退していく。

 その様子をベゼルグは静かに見届けた。


「あれで良かったのですか、特別顧問?」


 もう一機の尻尾付きを操縦していた男が問いかけてくる。


「構わん。それにもしあそこで追っていたら、連中はおそらくさっき倒した02FD型のジェネレータを爆発させていたはずだ。そんな茶番に付き合うこともねえだろ」


 ベゼルグはそう言って肩をすくめる。


「それより、俺たちも急いでノーヴル・ラークスの作戦指揮所に行くぞ。もう基地内で抵抗しているのはあの近辺だけだ」

「了解しました」

「信号弾を撃って、街中にいる連中もこちらに集結させろ。一気にケリをつけるぞ」

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