第68話

 僕と隊長が格納庫からブリーフィングルームへ戻ってくると、ちょうどケヴィン曹長が二階にある仮眠室から降りてきたところだった。


「オーグス曹長、気分はどうだい?」


 ジェノ隊長が相変わらず気楽な調子で声を掛けた。


「問題ありません。先程はやや行き過ぎてしまい、申し訳ありませんでした」

「まぁ、私に謝る必要はないんだけどね。ともあれ冷静になれたのだったら構わないさ」

「はっ、では自分は格納庫で機体の整備を手伝いに……」

「向こうは間に合っていると言っていたよ。ここは大人しく運動場でトレーニングでもしていることだね。ナオキ曹長が復帰したとはいえ、君の役割の重要性が失われるわけでも無い。有事の際にしっかり動けるように、周囲との関係にも気を配ってもらわねば困る」


 今にも格納庫へ行こうかとしていたケヴィン曹長に、ジェノ隊長はかなり強めにくぎを刺した。先程のエレイアの言葉も念頭に置いているのだろう。


「……わかりました。隊長の仰る通りにいたします」

「分かってくれたのなら構わないよ。……メトバ曹長、道をあけてやってくれないか?」

「あ、はい」


 隊長に促されて道をあけると、ケヴィン曹長はやや足早にその場から立ち去って行った。勿論、会釈も何もなく。


「随分と避けられていますね、僕も」

「まぁ、彼は元々人付き合いが下手らしくてね。前の部隊でも同僚と衝突を繰り返していたらしい。この間シミュレーションで戦ってみたけど、腕の方はまずまずだし悪い人材じゃないんだけどさ」

「まずまず……ですか? それはどういう意味でしょう?」

「さてね……君も一度手合わせすれば分かるんじゃないかな」


 僕の疑問にジェノ隊長は直接答えてはくれなかった。自分の目と腕で確認しろ、ということらしい。


「それじゃあ、さっきも言ったけど今日はこれで上がっていいよ。明後日にエクリプスの試運転を兼ねて模擬戦を行うから、そのつもりでいてくれると助かるな」

「分かりました。しっかり体を作っておきます」

「いい返事だね。今日は君に出会えて良かったよ。それじゃ、ご苦労さん」


 ジェノ隊長はそう言うと隊長用の個室に悠然ゆうぜんと引き上げていった。いまいちうかみどころのない人だが、公私の区分をわきまえた上で公平な判断を下せる優秀な隊長であることは理解できた。

 隊長が個室に引き上げたのを見送った後、僕もブリーフィングルームから退出しようとしたが、背後から声がかかって足を止めた。


「今日はもう上がりですか? ナオキ曹長」


 ホリー軍曹だった。手には隊長の決裁待ちらしい書類の束を抱えている。そういえば今日は色々あってほとんど彼女とは言葉をかわしていない。


「そうだね。早速明後日に模擬戦をやるという話だし、今日はしっかり体を休めておかないと」

「そういえば、今日までずっと入院していたのですよね。お身体の方はもう大丈夫なんですか?」

「怪我の方はもう治っているし気力も戻っているけれど、何せ三週間近く体を強く動かしていないからね。体力的にどうかな、ってところはあると思う。明日からまたしっかり体を作っていかないと駄目かな」

「ナオキ曹長、相変わらずみたいで安心しました」


 ホリー軍曹はどこか安心したような表情を浮かべている。


「そんなに心配させてしまっていたのかな? 僕は」

「いえ、そういうことではないんですけど、先程のケヴィン曹長の件で随分衝撃を受けていたような表情をされていましたから……」

「ああ、そのことか。正直、あの言葉はかなり痛かったからね」


 僕はホリー軍曹の手前なるべく平静を崩さずに苦笑いを浮かべて見せたが、ホリー軍曹は心配そうな面持ちで僕のことを見ている。


「ケヴィン曹長はああ言ってましたけれど、ナオキ曹長がアレク前隊長を見殺しにしただなんて、そんなことありえないですよね?」

「勿論そんなことはないけれど、結果として守り切れなかったのは事実ではあるよ。その事実だけみれば、無能といわれても仕方がないとも思う」

「ナオキ曹長……!」


 僕が顔をゆがめながらもあっさりそれを認めたのが衝撃だったのか、ホリー軍曹は絶句してしまった。手に持っていた書類がはらはらと床に落ちてしまい、それに気づいたホリー軍曹は慌てて床に落ちてしまった書類を拾い集めた。


「す、すみません、ナオキ曹長。ちょ、ちょっと動揺してしまって……でも……」

「ごめん。少し厳しい表現だったかな。でも、事実は事実だよ。僕は新型の試作機を任されながらも、最終的には怪我を負っていた隊長を守り切ることが出来ずに、結果として死なせてしまった。それは間違いがない」

「……」


 僕はもう一度先程と同じようなことを言ったが、今度はホリー軍曹も静かに耳を傾けていた。


「でも、僕はその事実から目を逸らしたくもない。隊長をみすみす死なせてしまったことも含めて、目の前の事実を胸の中で受け止めて成長しなければならないんだ。そうでなければ、死んでいった人も浮かばれないし、また同じように亡くなる人も出てくるかもしれない」

「ナオキ曹長……」

「だから、心配してくれたのはとても嬉しいけれど、大丈夫だよ。ホリー軍曹、僕はきっと強くなってみせる。軍人としてだけでなく、人間としても、弱さを克服して成長する。それがアレク前隊長に対する僕の誓いだよ」


 僕は言葉の一つ一つに力を込めて言った。それはホリー軍曹に話しているようでいて、その実自分自身に対して話していたのかもしれなかった。

 一方、ホリー軍曹は僕の言葉が終わった後もしばらく黙ったまま考え込んでいたようだったけれど、ややあってからハッとするほどにこやかな笑顔を僕に向けてくれた。


「強くなったんですね、ナオキ曹長」

「え? い、いや、これから強くなろうっていう話で……」

「それもありますけど、そう決意をした時点で、ナオキ曹長は一歩だけ今までより強くなれたんじゃないかって、わたしはそう思います」


 戸惑う僕に、ホリー軍曹は嬉しそうな声で説明した。


「そういうものなのかな? 自覚は出来ないけど……」

「そういうものですよ。今までのナオキ曹長はどちらかというと内向きなことで悩んでいることが多かった印象がありますけれど、さっきの言葉を聞いていると、大分内向きの悩みを振り切れたんじゃないかなって、そんなことを思いました」

「そういうものかなぁ……って、そうだね。これはもう止めておくよ。弱気に取られかねないからさ」


 僕がつい戸惑いを言葉にしてしまったのを慌てて止めたが、ホリー軍曹はそんな僕のことをニコニコしながら眺めていた。


「そんなに気張らなくてもいいんですよ、ナオキ曹長。自然体でいきましょう」

「そうするよ、ホリー軍曹」


 僕はひとつうなずいて今度こそその場から離れようとしたけれど、ホリー軍曹が慌てたような声でそれを引き止めた。


「あ、ナオキ曹長!」

「まだ何かあるのかな、ホリー軍曹?」

「いえ、大したことじゃありませんけど……改めまして、曹長昇進おめでとうございます!」


 そう言ってホリー軍曹は笑顔で敬礼してくれた。


「そういえば、それを祝福してくれた人は退院後初めてかもしれないな。ありがとう、ホリー軍曹」

「どういたしまして、ナオキ曹長」


 僕はホリー軍曹に退院後初めてかもしれない心からの笑顔をホリー軍曹に向け、敬礼を返してその場を後にした。



 こうしてノーヴル・ラークスへの復帰初日は色々ありながらも無事に過ぎていったのだった。

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