第66話

 僕はジェノ隊長と連れ立って格納庫に足をのばした。

 格納庫に入るなり目に映ったのは漆黒しっこくのカラーリングをしたエクリプスの雄姿ゆうしだった。あの騒乱そうらんでそれなりに外傷を受けていたはずだったが、今は補修を終えたのか最初に見かけた時と変わらない姿になっている。

 僕は、はやる気持ちを抑えてゆっくりとエクリプスに近づいたが、そこに鋭い女性の声が飛んだ。


「キミキミ、何をしているワケ! そいつは普通の人間が触っていい機体じゃないって言っているでしょうが!」

「うわわっ、す、すみません! ……って?」


 声の勢いにつられてつい謝ってしまったが、そもそも正規の操縦手である僕が謝る必要などありはしない。

 声のした方を向いてみると、そこには白衣に身を包んだ金髪の女性がいた。女性としては長身で、僕と同じくらいの背はあるだろうか?

 細身で、似たような身長のサフィール准尉と比較してもよりスレンダーな体形をしている。髪型はシンプルなショートヘアで、整った顔立ちを彩っていた。

 今は不機嫌そうに顔をゆがめているが、笑顔はきっと美しいに違いない。

 恰好からして技術者なのだろうが、前まで彼女みたいな人はいなかったはずだ。


「あの、すみませんがどちら様でしょうか?」

「アタシのこと? アタシはエレイア・ヴィジー。このエクリプスの開発グループから、機体整備のためにヤーバリーズに派遣されてきたってワケ。そういうアンタこそ誰なのよ?」

「はじめまして。自分はナオキ・メトバ曹長です。エクリプスの操縦を仰せつかっています」


 癖のある喋り方でエレイアが自己紹介するのに合わせて僕も名乗ると、彼女はそこでようやく警戒を解いて普通の表情に戻った。


「ああ、アンタが噂の操縦手さん? それはちょっと失礼しちゃったわね。こういう性分だから、ま、多少の非礼は許してちょうだい」

「いえ、こちらこそいきなり断りもなくエクリプスに近づいてしまって……」

「アンタは正規の操縦手なんだから別に構わないわよ。それよりここのケヴィン・オーグスとかって曹長さんいるでしょ? あいつがそれは自分の機体だから自分に触らせろ、整備をやらせろってうるさくてね。それでちょっと神経質になってたってワケ」


 エレイアは一息でケヴィン曹長に対する不満をぶちまけた。彼の振る舞いがよほど腹にえかねていたらしい。

 そこへジェノ隊長が口をはさんできた。


「ご苦労さん、エレイア。ようやくナオキ曹長も戻ってきたし、これでケヴィン曹長も少しは大人しくなるだろう」

「そう願いたいものね、隊長さん。正直、エクリプスの内実もろくすっぽ理解しようともしない癖に、口ばっかり達者なあの曹長さんにはウンザリなワケ。もうちょっとしっかり監督してよ」

「今日は結構きつく言っておいたからしばらくは大丈夫だろうと思うけどね」


 彼女の言葉に苦笑いしながら、ジェノ隊長はうなずいた。


「それより、エクリプスについて、ナオキ曹長に何か説明したいことがあるんじゃなかったのか、エレイア?」

「ああ、そうそう、そうだったわ! すっかり忘れてた!」


 隊長の言葉にエレイアはパッと表情を明るくすると、エクリプスのコンソールとヘッドセットを持ってきた。


「前回の戦いと、その前に行った模擬戦などのデータを元にして操縦系の改良と、TRCSのアップデートを行ったのよ」

「TRCS? 聞きなれない単語ですけれど……」

「ああ、TRCSっていうのは、今までアンタには新型コントロールシステムって名前で説明していたモノのことよ。Thought-reflecting control system、思考反映型操縦装置の略称ってワケ」


 彼女は生き生きとした感じで僕の疑問に答えてくれた。


「それで、具体的にはどういう点がアップデートされたのかな?」

「簡単に言えば、これまでのデータを元により正確な操縦が行えるように、システム内部の行動パターンデータをナオキ曹長向けに調整したってワケ。それと連続使用時に身体にかかる負担を軽減するようにシステムの入出力を調整させてもらったわ」

「ふむ、操縦系をナオキ曹長に合わせて調整し、なおかつ負担を軽くしたわけか」


 エレイアの説明に、質問したジェノ隊長が納得したようにつぶやいた。


「ありがとうございます、エレイアさん」

「礼には及ばないわ。アタシとしてもエクリプスをより良い機体に仕上げていきたいからさ。ナオキ曹長、これからもデータをよろしくお願いね」


 僕が感謝の言葉を述べると、彼女は明るい表情で手をパタパタと振ってみせた。少し子供っぽいが、それが逆にアンバランスな魅力をかもし出している。


「どうだい、エレイア? ナオキ曹長は?」

「礼儀正しくていい子ねぇ。それに比べてあの曹長サマは本当に聞きわけが無いんだから……」

「ははは、ケヴィン曹長も嫌われたものだな」


 エレイアの言葉にジェノ隊長は思わず苦笑してしまう。

 それにしても、ここまで嫌われるほどにケヴィン曹長がエクリプスにこだわるのには、何か理由でもあるのだろうかと僕は思った。


「どうかしら、ナオキ曹長? 早速少し動かしてみる?」

「そうですね、その気持ちはありますけど、今日は退院明けの上に長旅もしてきたので、ここは無理はしないでおきます」

「あらそう、それは残念ね。でも、なるべく早いうちに試運転をお願いしとくわ。改善点があるなら早いうちに出したいワケでもあるし」

「それもそうだな。明後日にでも試運転を兼ねた模擬戦の予定を組んでおこう」

「そうですね」


 少し残念そうな表情を浮かべたエレイアの言葉を受けて、ジェノ隊長が模擬戦の提案をし、僕もそれに同意した。


「よし、そういうことならば今日のところは引き上げておこうか。メトバ曹長、作戦指揮所に戻ったら今日はもう上がって構わない。明日以降に向けて英気を養ってくれたまえ」

「分かりました。お心遣い感謝します、隊長」


 僕と隊長はエレイアの見送りを受けながらそろって格納庫を後にした。

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