第65話

「全く、ケヴィン君にも困ったものね。あんなにはっきり言うとは思わなかったわ」

「本当だよな、あいつ、自分勝手にもほどがあるだろ」


 ケヴィン曹長が完全に二階に上がったのを確認したサフィール准尉はため息交じりに言葉をらし、ジャックも呆れたような表情でそれに同調した。


「でも、ジャック、よく我慢してたね。てっきりいの一番に怒り出すかと……」

「ははは、ジャック曹長とケヴィン曹長は出会って以来何度も衝突しててね。その度に私に注意されたのが結構こたえているみたいだね」


 僕が感心したようにつぶやくと、隊長が笑いながら種明かしをしてきた。


「隊長、ナオキにそれは言わない約束じゃ……」

「なんだ、そういうことなのか。でも、その方がジャックらしいかな?」


 情けない声を上げるジャックに、僕は思わずニヤリとしてしまう。どうやら僕のいない間、相当絞られていたらしい。

 と、そこで僕はジャックに聞きたいことがあったことを思い出した。


「そういえばジャック、あの日はかなりタイミングよく僕とニーゼン前隊長の救援に現れてくれたけど、一体どうやって?」

「あー、その件ですね。それについては私から説明させていただきます」


 僕がジャックに質問すると、それまで黙って成り行きを見守っていたホリー軍曹が口を開いた。


「曹長とニーゼン前隊長がここを立つ前日の夜のことですが、ニーゼン前隊長は私にとある符丁ふちょうを託してくれました」

「符丁?」

「そうです。前隊長がリヴェルナからの定期通信の中で『苦労をかけるな』という言葉を一度でも使ったら、ノーヴル・ラークスは直ちに出撃準備を整えると同時に、前基地司令のマクリーン大将に出撃の許可を求めてほしい。そう命じられていたんです」


 ホリー軍曹が静かな声で説明すると、サフィール准尉が言葉を続けた。


「ノーヴル・ラークスのメンバーにだけ伝わる符丁自体は、ルドリアの事件のすぐ後くらいから私と前隊長とで考えていたんだけど、詳細を詰める前にリヴェルナ行きが決まってしまったから、とりあえず通信の実務を担当するホリー軍曹にだけでも伝わる形にしようということで、急遽きゅうきょ簡単な形にまとめたのよ」

「そういうことだったんですか……」

「なるほど、ニーゼン前隊長も有事のことをしっかり考えていたわけか」


 サフィール准尉の説明に僕が納得したような声を上げると、ジェノ隊長も感心したような声を上げた。


「でも、その通信をしたのはおそらくリヴェルナの騒乱の前日だよね。中尉は事前にテロがあることを何かの形で掴んでいたのかな?」

「いや、テロが起きた直後の反応から見て、それはないと思います」


 ジェノ隊長が首をひねっているのを見て、僕は一言添えた。


「すると、他に出動をかけるほどの事態が起こることを想定したのかな?」

「……あの時点ではナオキ曹長が首都リヴェルナに召喚された理由が不明瞭でしたから、いざという時には強引にナオキ曹長とニーゼン前隊長の身柄を奪還だっかんせよ、という意図があったのではないかと思われます」

「中々物騒な話だね」


 ジェノ隊長の疑問に対しサフィール准尉が自身の見解を述べると、ジェノ隊長は真面目な表情で感想を漏らした。


「たまたま敵が来たから良かったようなものの、もし仮に敵が来なかった場合、特務部隊と正規軍がにらみ合いをすることも考えられたわけだ。そうなっていたらと思うと、正直ぞっとするね」

「あくまで万が一ですし、私の推測ですから」

「なら、あまり不必要な推測を披露ひろうすべきではないな。仮に君の言っていたことが正しかったとして、それは反乱準備罪に相当しかねない内容だからね。特務部隊だから許されるという筋合いのものではない」


 ジェノ隊長はサフィール准尉の考え方をはっきりと否定した。確かにジェノ隊長の言う通り、事情を知らない人から見てみたら反乱を起こす一歩手前と見えていても仕方がない。


「では……」

「思っていてもそれは口に出さないことだよ、准尉。頭の中でどう考えていようが、それに口出しする人間はいない。今回の件はあくまでニーゼン前隊長の先見の明による暴徒鎮圧ぼうとちんあつのための出撃準備だったのであって、他の意図は全くない。それでいいじゃないか」


 ジェノ隊長はそう言い切った。事なかれ主義のような考え方にも見えるけれど、一応出撃準備をしたことに対する名目ははっきりしているし、ニーゼン前隊長の顔も立っている。ずるいといえばずるいが、うまい考え方ではあった。


「ジェノ隊長、うまく考えましたね」

「なに、ここに赴任する直前にマクリーン参謀総長とお話をする機会があってね。今回の一件についてはそうしようということで話をまとめたのさ」


 ジャックの感心したような言葉に、ジェノ隊長はあっさり種明かしをした。


「なんだ、それならそうと先に言ってくださいよ」

「別に先に言う必要のない話だからね」

「でも、いいんですか? そんなにあっさり種明かしをして……」

「別にマクリーン参謀総長から口止めはされていないしね。こんなものは裏工作のうちにも入らないよ」


 ジャックと僕の問いかけに、ジェノ隊長はあっさりと返答した。マクリーン大将と話をまとめたという件とあわせて考えても、ジェノ隊長は人の良さそうな外見からは想像できないくらいのやり手であるらしい。僕はここまで考えて、ふとニデア大佐のことを思い起こしていた。ニデア大佐はいかにもなやり手タイプの軍人だったけれど、それが表に出てしまっている分、ジェノ大尉よりは正直で真っ直ぐな人物なのかもしれなかった。人から好かれやすいかどうかはさておいて。


「メトバ曹長。また何か考え事かい?」

「あっ! い、いえ、大したことじゃないです。……申し訳ありません」


 またしても、僕は顔に考えていたことが出てしまっていたらしい。ここ最近、こういうケースが増えてきているような気がしないでもない。僕は慌ててジェノ隊長に謝った。


「ナオキ曹長は中々想像力が豊かなんだね。そういう想像力が戦いの中で役に立つこともあるのかもしれない」

「どういう意味ですか?」

「仲間を守るために一生懸命になることが出来るということさ」


 隊長は意味ありげにそう言って僕の問いかけをかわすと、ゆっくりと腰かけていた椅子から立ち上がった。


「さて、ナオキ曹長、もう一つだけチェックしておくことがあるんじゃないのかな?」

「はっ?」

「自分の機体をその目で見ておく必要があるんじゃないのかな? 格納庫へ行くとしよう」


 ジェノ隊長はそう言って僕に微笑んだ。

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