第62話

 僕が目覚めた日の翌日に、母さんたちは引き上げていった。少々名残惜しかったが、無理に引き止めるわけにもいかなかった。

 そして、母さんたちが帰るのと入れ替わるようなタイミングで、ニデア大佐の訪問を受けた。

 ニデア大佐は相も変わらずの無表情で、入ってくるなり「調子はどうかな、軍曹」と問いかけてきた。

 僕は静かに「まずまずです」とあたさわりのない返事を返した。


「そうかね。医者の見立てではあと三週間は加療かりょうを要するそうだが……」

「それほどの重傷を負っている訳でもありませんし、あまり長々と休んでいてはノーヴル・ラークスのメンバーに笑われてしまいますから」

「ふむ、その分なら闘志はまだ枯れていないようだな。結構なことだ」


 僕の言葉を受けて、ニデア大佐は小さくうなずいた。


「ところでニデア大佐?」

「何かね? メトバ軍曹」


 僕は質問をしようとしながら、次の言葉を発するのを躊躇ちゅうちょした。しかし、このことを確認しないわけにもいかなかった。


「アレクサンダー・ニーゼン中尉……隊長は今どうなっているのですか?」


 僕の意を決した質問に、ニデア大佐は簡潔にこう答えた。


「中尉は戦死した。03ACの残骸ざんがいに長時間体を圧迫されたことによる内臓出血が死因ということだ」

「そうですか。やはり……」


 僕は唇を強く噛み締めた。ノーヴル・ラークスの誰に聞いても「今は話せない」という言葉ばかりが返ってきたことから考えても楽観的な見方はできないと考えていたけれど、待っていたのは過酷な現実だった。

 ニデア大佐が語るところによると、状況はおおむね次のような経過をたどったのだという。


 僕が意識を失った後、ベゼルグ・ディザーグとクォデネンツはそのまま撤退し、ジャックは敵の追跡を断念して僕と隊長の救助に当たったそうである。隊長は斬られた03ACの下敷きになっていたが、その時点ではまだかろうじて息があったのだということだった。

 遅れて現場に現れたサフィール准尉の運転するWP運搬車両に僕と隊長、それにエクリプスを搭載するところまでを行ったジャックは残った敵の掃討そうとうに向かい、サフィール准尉は僕たちを首都リヴェルナの陸軍病院へと運んだ。

 病院に入るなり隊長は手術に入った。WPの残骸に内臓全体が押しつぶされて危機的な状況にあったほか、最初に怪我を負っていた足の状態が思わしくなく、たとえ手術が成功しても、もう軍人として前線に立つのは不可能だろうと、サフィール准尉は医師から説明を受けていたそうである。

 そして、結果から言えば、その手術は上手くいかなかった。内臓の出血があまりにも激しく、医師にもほとんどお手上げの状態だったらしい。隊長はその日の二一〇〇に死亡し、遺体は隊長の両親が夜のうちに引き取っていったそうである。


 ニデア大佐は話し終えた後、少しだけ目をつむって僕にアレク隊長のことをいた猶予ゆうよを与えてくれ、その間僕は隊長のことを短く悼んだ。

 アレク隊長と僕は歳こそそんなに離れてはいないけれど、僕にとっては尊敬に値する軍人だった。軍人として、あるいは人生の先輩としてまだまだ隊長から学びたいことはたくさんあったのに、助けられなかった。僕にとってその事実は悔やんでも悔やみきれなかった。

 ほんのわずかな間、目をつむっていたニデア大佐は目を開くといつもの無機質な口調で僕に言った。


「ノーヴル・ラークスの隊員からもう既に話を聞いているかと思ったがな」

「昨日目を覚ましたばかりですから、時期尚早だと思われたのでしょう」

「ことは人の死だ。気を遣うよりも事実を簡潔かつ明瞭に告げる方が傷は浅いと私は思うがな」


 実際に、はっきりとそれを告げたニデア大佐だけに、言葉に重みがあった。


「それより大佐、自分に何か用があるのではないですか?」


 僕は真っ直ぐ大佐の顔を見据えていった。ニデア大佐が何の用件もなしに僕のお見舞いに訪れるとは考えられなかった。


「エクリプスに内蔵されていた、ブラックボックス内の戦闘記録を解析させてもらった」


 大佐は単刀直入に本題を切り出してきた。


「君は最初からシステムを使うことをためらったのだな。システムを使い始めたのは戦闘開始から大分経った後のことなのは確認している」

「いきなりシステムを使っていたら、僕はもっと早く倒れていましたよ」


 僕がそういうと、ニデア大佐はまた小さくうなずいた。


「分かっている。元々あのシステムを一定時間使用するといちじるしい精神的疲労が発生することは実験で掴んでいたが、実戦での連続使用に耐え得る操縦手が軍曹が来るまでいなかったのでな」

「僕はどの程度の時間、システムを扱えていたんでしょう?」

「大体二十分といったところだな」


 ニデア大佐の言葉に僕は表情を曇らせた。自分が想像していたよりも時間が短かったからだ。僕の実感ではあと十分から二十分くらいは長く使っていたような印象があった。


「二十分では少々短すぎですよね」

「そうかな? 軍曹、君は何を基準に短いと言っている? 短いも何もこれまで同じことをした人間は他に存在しないのだぞ」

「……え?」


 僕ははっとしてニデア大佐のことを見た。


「確かに戦いの冒頭からシステムを使い戦いをしてもらいたかったのがこちらの本音ではあるが、戦いの結果を考えた時、君が使用を躊躇ちゅうちょしたのは正しい判断であったし、敵の新型WPのことも踏まえた場合、君が早期に動けなくなっていたら我々の対応は難しいものになっていただろう」

「しかし……」

「理想では何とでも言えるだろう。しかし、実際に出た結果が二十分であるのならば、その二十分いかに有効に使えるか、あるいはその時間を少しでも延長できるのかを最初に考えねばなるまい。以前に言ったはずだ。昨日より今日を、今日よりも明日を向上していくことが重要なのだとな」


 ニデア大佐はそう言い切った。てっきり不満を言われるのかとばかり思っていた僕は拍子抜けしてしまった。


「は、申し訳ありませんでした。しかし、自分の責任は問われないのでしょうか?」

「責任? 君に何の責任があるというのかな。ニーゼン中尉のことならば、君が責任を感じる筋合いの話ではない。エクリプスのことならば、敵に奪取されなかったという一点だけでも十分な成果だ。君が責任を感じる要素など無いように思うが」


 僕の疑問をニデア大佐は一笑に付した。


「メトバ軍曹、君も共和国軍の軍人であるならば、君が責任を負うべきなのは共和国であり、共和国の国民だ。その国民を害する敵がいるのならば、我々軍人は武器を手に取り、敵と戦わねばならん。武力をもって国民を脅かす敵から、罪なき国民を守ることが出来るのは我々軍人だけなのだからな。それを忘れるな」

「分かっています……ニーゼン中尉からも同じことを教わりました」


 僕はアレク隊長が戦いの中で言っていた言葉を思い起こしていた。リヴェルナ共和国の軍人として、なすべきこと、なさねばならないことを僕は最後に隊長から受け継いでいたのだ。


「そうか。ならばこれ以上は何も言うまい」


 ニデア大佐はそう言って静かに僕に向けていた視線を外した。


「ここから退院後、君には以前と同じようにノーヴル・ラークスに復帰してもらう。エクリプスの操縦についても引き続き君に任せたい。また、それに伴い、君の階級を軍曹から曹長に昇進させるよう働きかけを行わせてもらった。退院後に通知が来るだろう。今のうちにじっくり体を休めておくのだな」


 大佐は淡々と退院後のことについて僕に伝えると、病室から立ち去ろうとした。


「あ、お待ちください大佐」


 僕は慌てて大佐を呼び止める。まだ伝えたいことが残っていた。


「何かね、軍曹」

「家族のこと、ありがとうございました」


 僕はそう言ってふらつく体をはげまし敬礼すると、大佐もまた静かに敬礼を返してくれた。


「気にするな軍曹。私とて人の子供だからな。情が動くこともある」


 その言葉を最後に大佐は病室から退室した。僕はしばらくの間見えなくなった大佐に敬礼を送り続けていた。

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