第63話

 大佐の訪問を受けてからおよそ二週間後、僕は首都リヴェルナの陸軍病院を退院して、民間機に乗ってヤーバリーズへと帰還した。



 僕がいない間にヤーバリーズ基地にも大きな変化があった。

 首都リヴェルナ襲撃の責任を取るとして国防長官及び陸軍と機甲操兵軍の参謀総長が更迭され、そのうち後任の陸軍参謀総長にはヤーバリーズ基地司令官のトラヴィス・マクリーン中将の就任が発表されたのだ。それに伴いマクリーン中将は大将に昇進している。

 これについてはリヴェルナの騒乱で失墜しっついした軍の評判を取り戻すための人気取りだという意見もあったが、四軍の枠を越えて広く軍民に支持されているマクリーン大将の参謀総長への就任はおおむね好評を集めることになった。

 肝心のマクリーン大将の後任となるヤーバリーズ基地司令には、僕らノーヴル・ラークスとは元々折り合いの良くなかった機甲操兵軍ヤーバリーズ方面軍司令官であるアディス・ガナン中将が就任することが発表されていて、僕からするとその点が気がかりではあった。

 また、アレク隊長が戦死したということはノーヴル・ラークスの隊長とWP操縦手が欠員になったということでもある。隊長以外で最も階級の高いサフィール准尉は戦闘要員ではないし、現場で指揮をすることのできる階級のWP操縦手がこの二週間でどこかから招かれているはずだった。それが果たしてどんな人物なのか、それも気になるところだった。



 ヤーバリーズ基地の歩哨に身分証を見せて中に入ると、サフィール准尉が見知らぬ中年の男性軍人とともに待っていた。


「お久しぶりです、サフィール准尉」

「ご苦労様、メトバ軍曹……いや、曹長だったわね。退院早々こちらに帰還というのも大変だったかしら?」


 サフィール准尉はそう言って僕をねぎらった。ニデア大佐の予告通り、病院から退院すると同時に、僕は曹長に昇進していた。


「いえ、このくらいは……それより、そちらの方は?」


 僕はサフィール准尉の脇で黙ったまま僕のことをじっと眺めている男性について質問した。


「ああ、こちらは先週からノーヴル・ラークスの新しい隊長に就任したジェノ・トラバル大尉よ」

「ジェノ・トラバル大尉です。ここに来るまでは東部のミドレゼタ基地でWPの部隊長を務めていました。よろしく、メトバ曹長」


 そう言って微笑みを浮かべながらジェノ大尉は僕に握手を求め、僕もそれに応じた。ちょっと丸みのある顔立ちに丸刈りの頭、清潔感のある身だしなみとぱっと見た印象ではそれほど歴戦の軍人という感じは受けなかったが、手を握ってみると、ところどころに細かな傷跡があるのが感じ取れた。


「君に会えるのを楽しみにしていたよ、曹長」

「? どういうことでしょうか、大尉?」

「着任と同時に君の機体を見せてもらった。あれは良くできた機体だと思ったよ。そんな最新鋭の機体を任せてもらっている君という人物は、果たしてどんな人間なのだろうと期待していたんだ」


 ジェノ大尉は気楽な口調で話した。


「そうなのですね。それでは期待に沿えなかったかもしれませんが……」

「いやいや、そんなことはない。君のような前途有望な若者が操縦しているというのは、私にとって頼もしい限りだよ」


 僕が言いかけるのを制止して、ジェノ大尉が言う。照れも何もなくこの言葉が言える辺り、なかなか褒め上手な人なのかもしれない。


「ジェノ隊長、褒めるのもいいですけど、あまり部下を甘やかさないようにお願いいたしますね」

「ははは、サフィール准尉は厳しいね。気を付けるよ」


 サフィール准尉がジェノ大尉をたしなめる。大尉のことを既に『隊長』と呼んでいる辺り、注意はしていても大尉にはそれなりの信頼を置いているということなのだろう。

 と、それまで笑顔でいたジェノ大尉が不意に真面目な表情になった。


「前任の隊長だったニーゼン少佐のことは聞いている。私は彼のようには出来ないかもしれないが、私なりのやり方でノーヴル・ラークスをまとめていきたいと思う。よろしく頼むよ」


 そう言われて僕はとりあえず頭を下げたが、ジェノ大尉のこととは別なことが心に引っかかった。

 アレク前隊長は亡くなってから功績が認められて二階級特進し少佐になっているが、死後に表彰するというシステムに僕は違和感を拭えなかった。そんなことを隊長が望んでいたとは思えなかったからなおさらだった。

 何となくそんなことを考えていると、サフィール准尉が声を掛けてきた。


「ほら、ナオキ曹長、そんなしかめっつらをしないの。相手は私たちの隊長よ」


 僕はまた思考が表情に出てしまっていたらしい。僕は慌てて姿勢を正してジェノ大尉に謝罪した。


「す、すいませんジェノ……隊長。つい昔のことを思い出してしまって」

「気にしないでいいよ曹長。君にとっては未だにニーゼン少佐が隊長なんだろう。私が着任したときには君は入院中だったわけだし、すぐに私を受け入れられないのも無理はない」


 ジェノ大尉は苦笑しながら僕の謝罪を受け入れてくれたが、続けてこうも言った。


「ただ、私はニーゼン少佐ではない。無論、少佐の代わりにもなれないが、私もノーヴル・ラークスの隊長にふさわしい振る舞いが出来るように努力していこうと思う。だから、メトバ曹長、君もそのために協力してほしい」


 ジェノ大尉から改めてそう言われ、僕は気持ちをようやく切り替えた。アレク隊長はもういない。そのことを受け入れて前に進まなければならない。そのことを肝に銘じた。


「分かりました、ジェノ隊長。僕に出来ることをさせていただきます」

「お願いするよ曹長。……それじゃあ、指揮所に行こうか」


 ジェノ新隊長にうながされて、僕らは作戦指揮所へと歩き出した。

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