第48話

 相手の足が止まったかどうか、というタイミングで僕はもう次の行動に移っている。それまで前進と後退しか仕掛けていなかったのを更に一歩踏み込ませると同時に足払いをかけさせる。自分より一・五倍ほど大きい相手から足払いを食らい、さしもの最新鋭機である03Aも大きくバランスを崩してしまう。そして、エクリプスが蹴りの動作をしている間にコンソールに打ち込んでおいた指示に従い、エクリプスは両手でナイフを構えると大上段からそれを03Aに向かって振り下ろす。

 しかし、それはあえて寸前で止まるように指示を出してある。模擬戦であるのだから止めを刺す必要はない。

 そして、ちょうど03Aの頭部にナイフの刃が当たるか当たらないかというタイミングでエクリプスは動きを止めた。


「そこまで! 軍曹、君の勝ちだ」


 ニデア大佐の声が響き、僕は加速していた意識をゆっくりとクールダウンさせていく。


「見事な戦いぶりだった、軍曹。この短期間でここまでシステムに適応し、扱いこなすことが出来るようになるとはな。正直驚いたぞ」


 いつも通りの口調ではあったものの、大佐にしてはやや興奮した様子で僕を称賛した。


「いえ、結構ぎりぎりでしたよ」

「謙遜はよせ、軍曹。終盤の動きに相手はほとんど対応できていなかった。今の君の技量ならば、一対一の戦いで遅れを取る相手などいないだろう」


 大佐はそう言って、負けたショックからかその場に立ち尽くしている対戦相手の方を向いた。


「君もそう思ったのではないか? アレクサンダー・ニーゼン中尉」

「えっ?!」


 僕は慌てて相手の方を見た。


「はい、完敗でしたね。メトバ軍曹には」


 力のない、聞き覚えのある声が響き、相手はマスクとゴーグル、ヘッドセットを取り去った。

 アレクサンダー・ニーゼン中尉……、隊長だった。


「た、隊長……どうして……?」


 僕はあまりのことに呆然となってしまう。


「シミュレーションでの君の動きを見て、どうしても今の君の実力を直に確認したくなったのでな、大佐に頼み込んで相手役を変更してもらったのだ」

「申し出を受けた時はどうしたものかとは思ったが、結果的には中尉に頼んで正解だったな。中尉は君の技量を最大限に引き出すことに成功していた。士官学校の卒業模擬で無敗を貫いたという実力は伊達ではなかったということか」

「昔の話でありますよ、大佐……」


 大佐の言葉にアレク隊長は寂しそうに笑って見せた。


「隊長、大丈夫ですか?」


 僕はそう言ってヘッドセットとコンソールを取って隊長の方に駆け寄ろうとした。

 だが、ちょうどその瞬間だった。




 ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!




 僕たちのいる第二演習場全体に非常用サイレンが響き渡った。


「「!!」」


 僕はコンソールを外そうとした動きを止めてヘッドセットをかぶり直し、隊長はゆっくりとコンソールを構えなおす。

 大佐は懐からけたたましく鳴り響く携帯電話を取り出した。


「……私だ。……そうか、連中が仕掛けてきたということか。……こちらはちょうど予定がすべて終わったところだ。……うむ、このまま仕掛ける。貴様らは首都中心部に被害が及ばぬように死力を尽くせ」


 そこまで言って、大佐は電話を切って再び懐にしまいこんだ。


「メトバ軍曹、ニーゼン中尉、聞いての通りだ。この首都リヴェルナにWPで攻撃を仕掛けてきた愚か者たちがいる。貴官らは第一中央特務部隊の一員として、直ちに敵の迎撃に当たれ」

「まさか、首都リヴェルナにですか……敵の数は?」


 隊長は冷静に大佐に状況を確認した。


「不明だが、最低でも十機を下らない数のようだ。敵の狙いは不明だが、首都リヴェルナ中心部に敵を入れるわけにはいかない」

「そんな数が……もしや、またリヴェルナ革命評議会ですか?」

「敵の正体はどうでもよい。問題は今暴徒が首都で騒乱を引き起こしているという事実だけだ。幸い、貴官らは今WPを操作できる状態にある。これより演習場に備蓄されている装備を用意させるので、装備を整えたのちに出撃し、敵を撃退せよ」


 ニデア大佐は淡々と語り、最後に僕たちに命令を下した。


「他の部隊は動いているのですか?」

「当然動いてはいるが、首都リヴェルナに駐屯する機甲操兵軍は数が少ない。近隣の基地から招集をかけるにしても手間がかかるのでな」

「わかりました。準備を整えたのち、直ちに出撃いたします。」


 隊長は頷き、移動させるため機体を再起動させた。僕もエクリプスをコンソールで始動させる。


「……メトバ軍曹、その機体は貴官にしばらく預ける。遠慮なくその機体を用いて敵を撃退しろ。ニーゼン中尉、君の03Aも同様だ」

「了解!」

「はっ! ……大佐、お心遣い感謝いたします」


 僕と隊長は揃って大佐に敬礼を返した。


「頼むぞ。私は至急中央幕僚本部へ戻る」

「大佐、お気をつけて」


 アレク隊長の言葉には答えず、ニデア大佐は俊敏な動きで部下に指示を飛ばしながら歩み去った。


「隊長……」


 僕は改めて隊長に声をかけた。


「ナオキ軍曹か……装備換装にはまだしばらくかかるはずだ。それまでは休憩を取っておけ。あれだけ戦った後では神経が持つまい」

「は、はい……」

「模擬戦のことは気にするな……どうしてもというなら後で話を聞こう」

「了解しました」


 隊長の確固とした口調に、僕は逆らわないことにした。隊長の言う通り、話は後回しでも何とかなる。今は首都を襲っている敵を撃退する方が先だった。



 僕と隊長は整備場付近に機体を移動させると装備を換装するわずかな時間、意識を休めた。

 戦いはすぐそばまで迫ってきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る