第33話

「戻りましたか。待ちわびていましたよ」


 ベゼルグが地下に戻って早々、ギレネスが会議室で待ち構えていて、開口一番そう言った。


「ちっ、いつもながら色気のねえお出迎えだな」

「美人の秘書でもいれば良かったのかも知れませんが、あいにく人手不足なものでして」


 ベゼルグが軽く毒づくと、ギレネスは真顔で返した。


「心にもない言い訳はやめておけギレネス。底が知れるぞ」

「おや、ご忠告はありがたく受け取らさせていただきますよ」


 ギレネスは満更まんざらでもない口調でそう言ったが、ベゼルグは胡散臭うさんくさい表情でそれをながめているのみだった。


「さて、与太話はここまでにして、どうでしたルドリアは?」

「既に結果は聞いているんじゃないのか?」

「そうですね。伝わってきてはいますが、あなたの口から報告を聞きたいのですよ」


 ギレネスの口調は滑らかな「普段着の口調」で、冷たい事務的な口調は鳴りを潜めている。


「一言で言えば行動自体は完全に失敗だ。スペクター三機は大破もしくは撃墜げきついされて全機を喪失そうしつしている。警察と国境警備隊にダメージは与えたが、市民の被害は皆無かいむ……おまけに手引きをした市役所の職員は逮捕と、今回ばかりはいいところなしで終わったな」


 ベゼルグはギレネスとは対照的に淡々とした口調で語った。


「ふむ、思ったよりも腕が立つようですね。ノーヴル・ラークスは」

「ノーヴル・ラークス?」


 聞きなれない単語を耳にして、ベゼルグは問い返した。


「かの独立任務部隊……今は第一中央特務部隊という正式名称らしいですが……の愛称だそうですよ」

「高貴なヒバリたぁまた仰々しい名前を付けたもんだな」


 ギレネスの言葉にベゼルグは呆れたような声を上げた。


「何かと格好をつけたがるのが軍という組織なのですよ。あなたにも身に覚えがあるのではありませんか?」

「まぁ、確かにそうだな……」


 ベゼルグは彼にしては珍しく憂鬱ゆううつそうな表情で言った。


「おや、珍しく元気がありませんね。嫌な事でも思い出しましたか?」

「ん? ……いや、何でもねえ。話を続けてくれ」

「わかりました」


 ギレネスは首を傾げつつもうなずいて話を続けた。


「私たちの方で言うならば、とりあえず目的は達成しています。軍や警察は大破したスペクターの解析に時間を割かざるを得なかったですからね。その間に査察の入る危険が大きいいくつかの工場からはラインを引き上げさせて頂きました」

「ふん、流石にやることはしっかりやっていたわけか」

「まぁ、それでも虎の子のスペクター三機を同時に失った訳ですからね。痛くないわけではありませんし、スポンサー殿からは何をやっているんだ、と耳の痛いお𠮟りを頂きましたよ」

「相変わらず身勝手な事ばかり言うな、あのスポンサーは」

「ま、ことは大金が動く話です。神経質にもなるでしょう」


 ベゼルグが苦々しげにそう言うと、ギレネスは肩をすくめた。


「そろそろ新型の開発を加速させねばなりませんしね」

「もう新型の開発か、まだスペクターすら十分でないのにな」

「あなたの報告でも承知はしていましたが、ルドリアの件でスペクターではWP-03Aはおろか、WP-02Fにすら及ばないのがはっきりしましたからね。目的を達成するためにはより強力なWPが求められます」


 ギレネスはかなり強い口調でそう断言し、ベゼルグもそれにうなずいた。


「なるほど……その新型、開発はどこまで進んでいる?」

「五割ほど、と言ったところでしょうか。核となるジェネレータの開発が終了して、それを元に各種仕様を詰めていく段階ですね」

「俺を今からそこに加えさせてもらうことは出来るかい?」

「あなたをですか?」


 意外な提案をしてきたベゼルグに、ギレネスは驚いた表情を浮かべた。


「それは構いませんが、あなたからそれを言い出すのは意外ですね」

「スペクターの時は途中で丸投げしちまって、完成品があんなのになっちまったからな。今度という今度こそは、きっちり実戦レベルに届くもんに仕上げなきゃならねぇ。少なくとも02Fは圧倒できにゃならん」

「なるほど、あなたなりの矜持があるわけですね」

「ま、そんなところだ。それにここしばらく実働が続いたからな。休暇を兼ねて後方でのんびりさせてもらうさ」


 ベゼルグはそう言って、思いきり背を伸ばした。


「あなたの言うことももっともですね。わかりました。開発チームにはあなたが行くことを伝えておきましょう」

「ありがとよ、リーダー殿。それじゃ、失礼するぜ」

「ああ、最後に一つだけお聞きしておきましょうか?」


 そう言って会議室から立ち去ろうとするベゼルグにギレネスは声を掛けた。


「何だよ、急に改まって」

「あなたが以前に仰っていたWP操縦手……ナオキ・メトバでしたか。彼は今回どうでしたか?」


 その名前を聞くなりベゼルグは露骨に不快そうな表情を浮かべた。


「どうもこうもねえよ。今回のスペクター二機が失われた要因だからな。全く忌々いまいましいにもほどがある」

「そうですか……彼にはやはり素質がありそうですね」

「おい、その言葉はどういう意味だ、ギレネス」


 思わせぶりな台詞にベゼルグは眉を吊り上げた。


「さぁ、どういう意味でしょうね……? スポンサー殿はあなたの攻撃を幾度も退けた彼の能力に強い興味を抱いているようですよ」

「ふん、俺の後釜にでもえるつもりかよ」

「手駒は多い方が有利とも言いますからね」

「勝手にしやがれ!」


 ベゼルグはいらだたしげに言い捨てると会議室から出ていった。

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