第32話

 その頃、アレクサンダー・ニーゼン中尉は、ヤーバリーズ基地司令のトラヴィス・マクリーン陸軍中将に執務室で面会していた。


「おお、ニーゼン中尉、ルドリアでの任務、ご苦労だったな」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 トラヴィス中将の言葉にアレクは深々と頭を下げた。


「まぁ、中尉、立ち話もなんだ。そこへ掛けたまえ」

「はっ、それでは失礼いたします」


 アレクはトラヴィス中将に促されるままに側にあった来客用のソファに腰掛けた。


「ルドリアでは見事な働きだったようだな、中尉?」

「はい。……ですが、犯行グループには逃げられ、警察や国境警備隊に少なくない犠牲が出てしまいました」

「それはやむを得んだろう。我々軍の役割は犯人の捕縛ではないし、完全に犠牲者が出ないようにすることも難しい。無論、犠牲者に対しては心から哀悼あいとうを示さねばならないが」


 アレクが反省を口にすると、トラヴィス中将はそう言ってそのことを不問にする姿勢を見せた。それを聞いたアレクは、続けて気になっていたことを口にした。


「先日査問が行われましたが、そこには中将の意向も含まれていたのでしょうか?」

「そのことかね? いや、大したことはしていないが、軍の誇る精鋭部隊である諸君らを出撃の度に査問に掛けるというのも、少々体面的に都合が悪いのではないかなと首都リヴェルナの参謀本部に話す機会があってな」

「……ご面倒をおかけして申し訳ありません」


 アレクはトラヴィス中将の心遣いに心底から感謝して頭を下げた。


「いや、いや、同じ基地に所属する部隊同士、これくらいは骨を折っても問題ではないだろう。それに、今のところは君たちの働きでかろうじて平穏が保たれているのも確かだ」

「今のところは……ですか?」


 アレクは冷静にトラヴィス中将の心中を推し測りつつ答えた。


「流石に冷静だな、中尉。それでこそ第一中央特務部隊の隊長だ」


 トラヴィス中将はそこで席を立ち、執務室の窓の方を向いた。


「貴官も聞いているだろう? 今回の犯行予告を行った相手のことを?」

「リヴェルナ革命評議会、そう名乗っていましたが……」

「うむ、正直なところ、この革命評議会なる組織が何者なのかについては、我々の間でも見解が分かれている。単なる暴徒の集まりかもしれんし、何らかの政治的主張を持った結社なのかもしれん。だが、何よりも一番問題なのは、彼らがWPを開発し運用するノウハウを有している、ということだ」


 トラヴィス中将はそこでアレクの座っている方へ振り向いた。その表情に動揺こそなかったが、若干のうれいが浮かんでいた。


「これまでも反政府系武装組織がWPを持ち出した例はあったと聞いておりますが……」

「確かにな。だが、それらの組織が用いたWPはいずれの軍の使用していたWPの型落ちや残骸から再生した寄せ集めに過ぎなかった。しかし、革命評議会を名乗る連中は、そうではない全く新しいWPを開発し、しかもそれを生産ラインに乗せ、一定数を運用できるだけの能力を有している」

「確かに、ヤーバリーズでは単機で運用されていた機体が、ルドリアでは三機も投入されました。しかも、全機がそれぞれ異なる携行火器を保有して」


 アレクは淡々と事実を述べつつも憂鬱ゆううつそうな表情に変わっていった。トラヴィス中将もそんなアレクの表情を見て軽くうなずいた。


「そうだ。彼らの技術力や資金力はあなどるるべきではない。また、今回の事件では行政の職員に彼らへの内通者が出ているという調査結果も出ている。我々がこれまで感知できなかっただけで、彼らの勢力は想像を絶する勢いで伸長している可能性すら考えられる」

「軍上層部や政府は、どう考えているのでしょうか?」

「何分、これまで全く表立った動きを見せてこなかった相手だからな。軍の上層部も政府も戸惑いの方が大きいようだ。ただ、放置しておけば国家の安全を揺るがし、他国へ付け入るスキを与えかねないとして警戒する向きも強い」

「当然の反応だとは思いますが、やや危機感に欠ける認識ではありませんか?」


 アレクは率直な気持ちを口にした。


「君にはそう見えるかね、ニーゼン中尉?」

「は、閣下のおっしゃる通り、彼らは侮りがたい実力を備えています。資金力や技術力もさることながら、人材においても一線級のものを備えているとの印象を自分は持ちました」

「それは指揮官としてかね? それとも操縦手としてかね?」

「どちらにおいても、であります。閣下」

「そうか……」


 トラヴィス中将は再び執務室の机の椅子に座った。


「閣下、何か……?」

「アレクサンダー・ニーゼン中尉、貴官はベゼルグ・ディザーグという名前を知っているかね?」

「ベゼルグ・ディザーグ……? いえ、存じておりませんが」

「そうか、やはり記録からは抹消されているのだな……」


 トラヴィス中将は、どこか遠い目をしながら言った。


「誰なのですか、そのベゼルグ・ディザーグなる人物は?」


 アレクのその問いに、トラヴィス中将はしばらく答えなかった。ゆっくりと、慎重に、次の一言を口にしたとき、それなりの時間が経過していた。



「一言で言えば英雄だな。第三次五か月戦争や対反政府武装勢力との戦いにおいて著しい功績を残した。WPの操縦手としても、指揮官としても優れていた素晴らしい男だったよ」

「第三次五か月戦争……二十年前に起きたサヴィテリア連邦との戦争ですか」

「二十年前か、もうそんなに昔になるのだな……」


 トラヴィス中将は一瞬、昔を懐かしむような目になった。


「閣下……?」

 アレクがトラヴィス中将の態度をいぶかしむように言うと、中将は慌てて小さく首を左右に振った。

「おっと、すまんな中尉。……とにかくベゼルグ・ディザーグは当時発足したばかりのWP部隊を率いていちじるしい戦果を挙げていた。第三次五か月戦争でサヴィテリアの大攻勢を凌いで講和条約締結にぎつけられたのも、彼の活躍によるところが大きかったはずだ」

「それほどの活躍をした人物が、現在は記録から抹消されているということですか?」

「ああ、そうだ。罪を一方的に背負わされてな」


 そう語ったトラヴィス中将の表情は悲痛に満ちていた。

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