第31話

 僕らがルドリアからヤーバリーズに帰還したのはその翌日のことだった。



 その後は例によって査問委員会による聴取が待っていて、僕も他のメンバーもいい加減に慣れっこになっていたのか、それとも問題はあまり無かったのかは分からないが、一日限りで査問は終了して全員がおとがめなしとされた。僕が自分の機体である02Fを失ったことについても『不利な状況下で上官の機体をかばった結果であり、合理的な判断に基づいている』として不問に附された。



「うーん、愛機を失ったわけだから何かしらあると思ったけどな……」


 作戦指揮所のブリーフィングルームで僕は複雑な表情を浮かべて言った。


「まぁ、小難しいことはいいんじゃねぇのか? せっかくお咎めなしなんだろう?」

「そうね。ここはジャックの言う通りだと私も思うわ。何事もなかったんだから、素直にそれを喜ばないとね」


 気楽そうに話すジャックの言葉にサフィール准尉が同意する。


「まぁ、そうだとは自分も思いますけれど……」

「ナオキ軍曹、額にしわが寄ってますよ。考えすぎは心の毒です」


 僕が何か言おうとした瞬間、ホリー軍曹から注意が飛んできた。


「お、ホリーちゃん、ナオキのこととなると真剣だな」

「茶化さないでくださいよ、ジャック曹長。ナオキ軍曹はまだ若いんですから、考えすぎるより体が先に動くくらいで丁度いいんですよ」


 ジャックが茶化すように言うと、ホリー軍曹は頬を膨らませるようにして文句をつけた。


「分かったよ、ホリー軍曹。これからはなるべく単純に物事を考えることにするよ」

「あら、ホリー軍曹には素直なのね、ナオキ軍曹? これからはホリー軍曹にも一緒に出動してもらった方が良いかしら?」


 サフィール准尉が冗談めかして言うとホリー軍曹は慌ててしまう。


「えっ!? わたしですか。いえ、サフィール准尉、それはちょっと……」

「サフィール准尉、ちょっと冗談が過ぎるんじゃないですか?」

「あら、ホリー軍曹だって私たち「ノーヴル・ラークス」の一員なんだから、そういうこともあったって良いんじゃないかとは思うけどね」


 ホリー軍曹と僕が困惑したように言うと、サフィール准尉は満更冗談でもなさそうな口調で話した。


「そ、そうでしょうか? でも、私が前線に出ると迷惑になりそうな……」

「そんな弱気じゃダメよ、ホリー軍曹。そこで「ぜひ出させて下さい」って言ってみせるくらいの気概がないとね」

「そうそう、サフィール准尉なんて、下手すりゃ敵のWPよりおっかないほどの気迫で俺らを叱ることも珍しくな……」

「あ゛!? 誰がWPよりもおっかないですって!」

「……すいません言い過ぎました許してください……」


 サフィール准尉の言葉に調子よく便乗しようとしたジャックだったが、豪快に虎の尾を踏みつけてしまい、あえなく撃沈した。


「ジャック曹長にはちょっときつく説教する必要がありそうね……ちょっとこっちにいらっしゃい」

「ひえっ! た、助けてくれよナオキぃ!」

「曹長、ここは素直に従うべきだと思いますよ」


 助けを求めるジャックを、僕は冷静に突き放した。


「階級が下の相手に助けを求めない! ほら、さっさと来なさい」

「とほほ……」


 サフィール准尉はジャックを強引に引っ張るようにしながら作戦指揮所の奥へと消えていった。ちなみにこの作戦指揮所にはいつ使うのかも分からない取調室があったりする。



「ふう、何だか妙に疲れた感じがするな」

「ふふ、本当ですね」


 残された僕とホリー軍曹は、顔を見合わせて笑いあった。


「でも、実際のところどうなんだい、ホリー軍曹」

「何がですか?」

「前線に出てみるって話。確か、WP操縦手を志望してたんだよね。WPの操縦手になったら、いずれ嫌でも前線に出ることになっていたと思うんだけど」

「え? そうですね……」


 僕の問いかけにホリー軍曹はやや考え込みながらゆっくり口を開いた。


「勿論、わたしだって軍人ですから有事の際の心構えは出来ているつもりです。ただ、軍曹たちの話を聞いているうちに、わたしなんかの心構えじゃ全然足りないな、って最近は思うようになりました」

「やっぱり全然違うかい? 軍曹の想像とは」


「はい、違っていました。特にWPで人を殺すなんて、噂だけの話であって実際にはそんなこと起きないだろうと本気で信じてました。でも、先日のヤーバリーズやルドリアのテロでWPが人を蹂躙じゅうりんする映像を目の当たりにして、とてもショックで……」

「気持ちはよく分かるよ」


 思わず顔を押さえたホリー軍曹をなぐさめるように僕は言った。実際のところ、僕もヴェレンゲルでその光景を見るまではWPが「人殺しの機械」だとは認識していなかったし、それによって真剣に自分の命が脅かされるとも思っていなかった。


「ナオキ軍曹は、戦場が、WPが怖くないんですか?」

「怖くないと言えばうそになるね。ヴェレンゲルの件でもヤーバリーズやルドリアのテロでもWPの怖さ、恐ろしさは十分に体感してきたつもりだよ」


 僕は率直な気持ちをホリー軍曹に話した。


「ただ、僕は一人で戦場に立っている訳じゃない。アレク隊長やサフィール准尉、ジャック曹長、それにホリー軍曹もいる一つの部隊、チームの一員として戦場に立っているんだ。自分が弱気の時には支えてくれて、逆に誰かが弱っているなら支えてあげる、そんな仲間たちと一緒にいるから、いると感じられるから、恐怖を超えて戦うことが出来ているんだと、僕はそう思う」

「そうなんですね……」


 僕の言葉を聞き終わったホリー軍曹は、ほうっ、と息を吐きだした。


「ナオキ軍曹の言葉を聞いていると、わたしも何だか勇気が湧いてくるような気がします。そうですよね、わたしたちは仲間ですもんね」

「ああ。僕たち一人ひとりでは出来ないことがあっても、仲間と一緒ならこなせるかもしれない。そう信じることも大切さ」


 僕がそう言うと、ホリー軍曹は嬉しそうにうなずいた。


「何だかやる気が出てきました。ナオキ軍曹、ありがとうございます」

「どういたしまして。まぁ、大半の言葉は隊長の受け売りだったりもするけどね」

「あ、そうなんですね。そういえば、アレク隊長はどこに?」

「マクリーン中将に挨拶するって言って朝から留守にしているよ」

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