第21話

 その翌日から僕は五日間の謹慎に入った。

 と言っても独房に入れられたわけではないし、外出は当然出来ないけれど基地の敷地内であればランニング程度は許されていたので、幾分いくぶん気が楽ではあった。

 どちらかというと一か月の減俸処分の方が僕にはこたえた。自分で使うだけならそれほど問題はないが、家族への毎月の仕送りにはどうしても影響が出てしまう。


(来月は少し我慢してもらうしかないか……)


 僕は母さんや弟、妹の顔を思い浮かべながらため息をついた。数か月前に一度帰っているとはいえ、そろそろ家族のことが気にかかる頃だった。それに急な話であったからヤーバリーズ基地へ異動になったこともまだ連絡できていない。


(今のうちに手紙でも書いておこうかな……)


 そんなようなことを僕が考えていると、ジャック曹長が日勤を終えたのか部屋へと戻ってきた。


「よお、どうしたナオキ、ぼんやりとしちまって」

「ああ、ジャック曹長ですか。いえ、大したことじゃないですから」

「いい加減敬語はよしてくれよナオキ。部屋にいる時くらいはタメ口でいいんだぜ」


 僕が敬語で答えると、ジャック曹長はそう言って豪快に笑った。


「そうは言っても、元々僕よりも軍歴が長いわけですし」

「長いったって一年かそこらだろ。気にしねえ気にしねえ」


 ジャック曹長は僕を激励するようにバンバンと背中を叩いた。


「痛い痛い。わかったよジャック」


 僕はわざと痛がっているふりをしながら、笑顔でうなずいて見せた。


「わかりゃいいんだよ……それで、悩んでるのはやっぱりおふくろさんのことかい?」


 ベッドに腰かけつつ、いきなりズバッと切り込んでくる。


「うん、減俸になっちゃうからね。自分で使う分を削るにしても、どうしても中身が目減りしちゃうのは避けられないし」

「おふくろさんが寝たきりってのも大変だな。しかも弟や妹もいるんだろ?」

「そうだね。この間帰ったときは二人とも随分成長していたけど、まだまだ働く年齢でもないし」

「ナオキの話を聞いていると、俺って結構恵まれているんだなって思っちまうよなぁ……」


 ジャックは大きくため息をついた。


「ジャックは確か一人っ子だったっけ?」

「ああ。親父もおふくろも病気一つしねえ頑丈ぶりだ」

「いいなあ。うちの母親が聞いたらうらやましがるだろうね」

「全くだぜ。そういうのがちったぁ融通できればいいんだがな」


 ジャックはそう言ったが、内心では家族を大切に思っているらしいのが僕にもひしひしと感じられた。



「ジャックは前に家に戻ったのはいつになる?」

「ん? まぁ、そうだな、二年くらい前ってとこか」

「せっかく西部地域に異動になったんだから、今度帰ってみたら?」


 僕が真顔でそう言うと、ジャックは妙な表情になった。


「何だよ、やぶから棒に」

「いや、元気な姿を定期的に見せておくのって、大切だなってね」

「……ひょっとして、この間の戦闘で怖気づいたのか、ナオキ」


 僕の口調から弱気を感じ取ったのかジャックは表情を変えた。


「怖くなかった、といえば嘘になるね。特にコンソールを破壊されてからジャックたちが援軍に駆け付けるまでの間は、文字通り生きた心地がしなかったよ」


 僕が正直なところを話すと、ジャックも居ずまいを正した。


「そういや、まだ聞いてなかったが、ナオキが戦った相手っていうのは一体どういう奴なんだ?」

「かなり危険な相手だったよ」


 僕が戦闘の経過をかいつまんで話すと、ジャックはかなり相手に敵愾心てきがいしんを抱いたようだった。


「何だそりゃ? それじゃまるで操縦手しか狙っていない戦い方じゃないか」

「そうだよ。だから僕も身を守るので手一杯だったんだ」

「WP操縦手の風上にも置けねえな」


 ジャックは吐き捨てるように言った。


「素性までは分からなかったのか?」

「相手が慎重だったからね。ただ、僕の勘ではヴェレンゲル基地の襲撃に一枚噛んでいる相手じゃないかって思ってる」

「理由は?」


 僕は相手が僕たちがヴェレンゲル基地所属だったことを知っていたこと、襲撃事件について思わせぶりな発言をしたことを話した。


「おい、待てよ。何でまだ結成間もない俺たちの部隊のことをそこまで詳細に知ってるんだよ?」

「さあね。どこかから情報が洩れているんだろうけど、断定はできないし」


 僕はそう言ったが、査問委員会で一番問題にされたのは実はこの点だった。

 まだ一般へのリリースすらされていない独立任務部隊の詳細をどうしてあの男が知っていたのか? 誰かがそれを漏らしていたのではないか? それは誰なのか? 謎が残るのを最も嫌うのが査問委員会と言う組織である。

 勿論僕も、何度も何度もその点について質問され続けた。そのことはもう二度と思い出したくもないが。


「厄介な話だな」


 ジャックも事の重大性を思ってか、顔をしかめた。


「そうだね。でも、そのことを僕らが気にしていても仕方がないしね」

「まあな」

「僕らにできることは次に相対するときまでしっかり訓練を重ねて、腕を磨くことくらいさ」

「思ったよりやる気だな。てっきり弱気になってんのかと思ったが」


 ジャックが、ほう、と言うように僕を見上げた。


「何だかんだ言っても、僕も軍人だってことさ」


 僕はジャックに向けてそう言い、笑って見せた。

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