第22話

 ベゼルグは、地下から地上に出ていた。

 このあたり一帯は西部地域でも特に治安の悪い場所として知られていて、行政はおろか警察や軍の影響力すら及ばない無法地帯だった。

 そんな場所であるから、地元に住んでいる人間であっても一人で出歩くことはまずない。まして今は夜である。夜にはならず者がたむろして獲物を狙っていることも多い。

 しかし、ベゼルグはそんな事情など歯牙にもかけず、堂々と道の真ん中を歩いていた。

 やがて、一軒の小さなバーへとたどり着き、迷うことなくドアを開いて中へと入った。

 バーの中では一人の年老いたバーテンダーがせっせと備品を磨いていた。


「よぉ、おやじさん、元気かい?」

「おお、久しぶりですなぁ」


 ベゼルグに声を掛けられたバーテンダーは顔を見るなり笑顔を浮かべた。


「前に来られたのは……ひと月くらい前でしたか?」

「まぁ、そんぐらいだろうな。ちょいと野暮用でね」

「さあさ、話はあとにしてひとまず席へ……」

「それじゃ、失礼させてもらうぜ」


 ベゼルグはそう言うと、手ごろなカウンター席に腰かけた。


「ご注文はいつものでよろしいですかな?」

「ああ、頼むぜおやじさん」



「しかし、あなたがいない間この辺りも大変でしたよ」


 いつもベゼルグが飲んでいるカクテルを仕込みつつバーテンダーが言った。


「へぇ、どう大変だったんだい?」

「警察が月一回やっている見回りで若い者が一人、麻薬所持の現行犯で捕まりましてな。それで、血の気に逸った仲間連中が警察署に押し入って大立ち回りを演じたなんてことがありまして」

「ふぅん、それでどうなった?」

「結果的に警察側が返り討ちにして、連中は一網打尽になったらしいですな」

「なるほど。まぁ……妥当な結果だな」


 ベゼルグはさして興味のなさそうな声で言った。


「麻薬売買なんぞに手を染めている連中にゃ、似合いの薬だろうさ」

「おや、中々お上手な洒落ですな」

「ははは……ま、たまたまさ、おやじさん」


 バーテンダーの言葉に男は静かに笑った。


「他には何かなかったのか?」

「そうですなぁ……」


 バーテンダーは少し思案気な表情を浮かべた。


「あなたが居なくなってからしばらくして、この辺りに売春宿が出来ましてね」

「ほう……初耳だな。この辺りに店を出すとは酔狂なやつもいたもんだ」

「私もそう思いますよ。ならず者相手の商売になることは確実ですからね」


 ベゼルグの言葉にバーテンダーは顔を曇らせた。


「しかも、まだ幼いいたいけな少女を借金のカタにとってあちこちから引っ張ってきているらしくて、評判はかんばしくありませんな」

「なるほどな。別に正義漢を気取るつもりはないが、気に入らん」

「あなたがそういう言葉をお語りになるとは珍しいですな」


 バーテンダーが物珍しそうにベゼルグを見た。


「そうながめるなよおやじさん。それより、酒はまだかい?」

「ああ、そうでしたな。こちらがロングアイランドアイスティーです」

「はいよ、ありがとさん」


 ベゼルグはバーテンダーに軽く謝意を示すと、ゆっくりと出来たカクテルを味わった。



「相変わらずうまい酒だな。おやじさんのは」

「ははは、ありがとうございます。あなたが来てくれていつも大助かりですよ」


 バーテンダーは寂しそうに笑った。


「相変わらず客入りはさっぱりなのかい?」

「少しずつ来客もありますが、やっぱり若い連中は派手なラウンジやクラブの方が好みらしいですな」

「ま、若いうちは経験も浅いからなかなか本物の味が分からねえものなんだろうな。俺もそうだった」

「そうでしょうなぁ。まぁ、若い感性を否定するものでもないでしょうが、年を取ると理解できる味や楽しみというもののありますからな」


 ベゼルグの言葉にバーテンダーはしみじみと応じた。


「おやじさんが言うと深みが出るな」

「そうですかな? あなたには敵いそうもありませんが」

「俺はおやじさんほど苦労してねえよ」


 ベゼルグはそう言うと残ったカクテルを飲み干してから席を立った。


「おや、もうお帰りですかな」

「ああ、明日からまた忙しくなるんでな。次の一杯はまたにしとくわ。勘定はこいつでいいな」

「ありがとうございました」


 カウンターに札束を一つ置くと、バーテンダーの挨拶を背にベゼルグはそっと店を出た。

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