第18話
僕はその瞬間のことをはっきりとは思い出せない。
ただ、男がコンソールを投げ捨てた瞬間に、今までの人生で味わったことのないくらいの恐怖感を感じて、とっさにコンソールを固定している左腕で胸のあたりをかばっていた。完全に無意識の行動だった。
次の瞬間、左腕に固定していたコンソールに銃弾が撃ち込まれていた。
「チッ!」
男の舌打ちが響く。
僕は激しい恐怖感に
『……軍曹、ナオキ軍曹! 何があったんですか? 軍曹!』
ヘッドセットからはホリー軍曹の必死の呼びかけが響いていた。
「こちらナオキ・メトバ……先程、敵操縦手から銃撃を受けた」
僕がそう言うと通信機の向こうでホリー軍曹が息をのんだ。
『銃撃!? そんな……軍曹のお体は大丈夫なんですか?』
「体に異常はないが、コンソールが損傷している。おそらく、これ以上操縦は無理だろう。……隊長たちはまだなのか?」
『先程駅前大通りに到達したと連絡が入っています。もうすぐなはずです』
僕は急いでくれと伝言をお願いしようとしたが、その時再び男の操る異形のWPが激しい銃撃を加えてきた。
今度は一点に射撃を集中させずにある程度弾を散らしていた。うかつに動いたら流れ弾の餌食になってしまう。
「おらおら、さっさと出てきやがれ! 痛くないように殺してやるからよ! この臆病者が!」
男が罵声を浴びせてくるが、僕はシールドの内側で必死に銃撃の恐怖と戦っていた。
相手は明確に02FDの操縦手である自分を殺そうとしている。先程の銃撃もそうだったが、あの男は常にWPではなく操縦手のみを狙っている。普通にWPの操縦訓練を受けているならば、まずありえない攻撃だった。一度それをやってしまえば、相手に同じことをされる危険性があるからだ。勿論、操縦手への直接攻撃は国際条約でも禁じられている。
しかし、あの男はそんなことなど全くお構いなしにこちらを殺しにかかっていた。しかも、反撃をしようにも操縦に必要なコンソールは破損してしまっている。その事実が僕を恐怖に縛り付けていた。勿論ヴェレンゲルでも命の危険には
今はとにかくこの位置で隊長たちが来るまで耐えるしかなかった。
「さっきまでの威勢のよさはどうした若造! 仕掛けてこないんなら一気に決めさせてもらうぜ!」
「!」
男の声に僕はビクッと体を震わせる。僕はその瞬間、初めて「戦場で死ぬ」ということを心から理解した気がする。
「死にやがれ!」
男の声が響き、僕が死を覚悟したときだった。
ズガガガガガガガガガガ!
二条の銃声が派手にその場に響き渡る。
「チッ、増援かよ!」
苛ついたような声で男が毒づく。
そこで僕はようやく金縛りが解けてシールドの内側から恐る恐る身を乗り出した。
そこには僕のとは異なる装備の02F型が二機。そして見慣れた二人の顔があった。
「隊長! 曹長!」
「悪いな、すっかり遅れちまって。ここから取り戻させてもらうぜ!」
「軍曹、無事だったか……あれが敵か?」
「はい、気を付けてください。危険な相手です!」
僕たちは短くやり取りを交わして、改めて男と相対した。
これで僕は動けないにしても二対一である。相手のWPがどんな性能であるにせよ、数的不利を覆せるほどの優位があるとは思えない。
男もそれは感じているようで、僕らから身を隠すように機体の陰に身を隠した。
「そこの男、WPのコンソールと火器を捨てて投降しろ!」
「ほざけ! 誰が投降なんぞするかよ!」
「どうしても投降しないというならば、機体の破壊も許可されている」
「けっ! それが温情のつもりかい? 大甘だぜ!」
男はアレク隊長の投降の呼びかけを一蹴した。
「呼びかけは通じないか……」
「隊長、どうします? 仕掛けますか?」
「そうだな……」
ジャックの言葉に隊長が思案した時だった。
男の操るWPがいきなり起動した。
僕は男が次に取り得る手段をあれこれ想像して、一番可能性の高い行動を思いついた。
「隊長、相手は逃げるつもりです!」
「何っ?!」
「マジかよナオキ!」
隊長とジャックは慌てて攻撃態勢を取る。
「チッ! どこまでも勘の良い若造だぜ。……ちょっとした義理もあるんでな、今日のところはこれで引いてやるよ」
男は
男の機体は地面をすべるように高速で移動し始める。
「隊長!」
「ジャック、撃て!」
「畜生めっ!」
「阿呆が、当たるかよ!」
僕が声を上げると同時にアレク隊長とジャックが02Fで銃撃を加えさせたが、それはわずかに男のWPに届かず、僕らが来た方向とは逆方向へ急速に後退していった。
「くっ、逃げられたか!」
「隊長、追撃しないんですか?」
「あのスピードの相手を追撃するのは不可能だ。あの機体はおそらく脚部にホバーユニットが組み込んであるんだろう。それに伏兵がいる可能性もあるし、仮にそうならナオキ軍曹が危険にさらされる。ジャック、運搬車両で待機しているサフィール准尉に、至急道路沿いの警戒網を強めるよう連絡を入れてくれ」
「了解しました」
隊長はジャック曹長に指示を出してから、安心のあまりその場にへたり込んでしまった僕に手を差し伸べた。
「済まなかったな。軍曹にこんな負担をかけさせるつもりはなかったんだが」
「い、いえ、自分が未熟なばかりに犯人を取り逃がしてしまって……」
僕が面目なさげにうなだれると、隊長は静かに首を振った。
「何を言っているんだ。軍曹は一人でよく頑張っていたさ」
「そうだぜナオキ。あの相手にタイマン張って死ななかったんだから、頑張ったほうだろ」
隊長たちの
ほどなく、敵の機体が警戒網を強引に突破して完全に逃亡したという情報が入り、もしもの事態に備えて現場で待機していた僕らは基地に帰投した。
こうして僕たち独立任務部隊の初出動は、苦い経験を
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