いつまで続ける?


 魅力的なコンテンツというものは、やろうと思えばずっとのめり込めてしまう。


 量が多い(奥が深い)、突出して優れた点があるだけでなく、細かい点、見えない点にまで気が遣われ、関わった人を絶えず引き寄せて離さないのである。

 そういったコンテンツに出会えたのなら、それに関わる人達に、自分の幸運に、感謝しなければならない。


 しかし、そういった理想的なコンテンツにも欠点――それは非常に贅沢なものだが――が存在する。終わらせようとしなければ、幾らでも引き延ばせてしまうのだ。


「ゲームは一日一時間」という格言が存在しているが、それは子供はともかく、大人に対しては適切ではないかもしれない。

 この格言は羽目を外しすぎることの抑止にはなるが、漫然とやることへの抑止にはならない。


「ゲームは一日一時間、1タイトルにつき最大三ヶ月(およそ90時間)」。これが、より適切なコンテンツへの態度に見える。

 値段やボリュームによって前後するため、モノによっては一ヶ月(30時間)になったりはするだろうが、伝えたいことは大きく変わらない。


 自分の意志で「没入する」期限を引いて遵守するということだ。

 わざわざ制約を設けるのはなぜか。それはテストやお祭り、夏休み、あるいは寿命を、個人の都合で引き延ばすことが出来ないことと同じで、何事も限られた時間で精々・・後腐れが残らないように頑張ってみるしかないからだ。


 誤解しないでいただきたいが、決して、高速化やネタバレやWIKI頼みを初めとした「効率的な」作業を推奨しているわけではない。

 漫然と関わり十全に楽しめないまま時間を過ごすことにも問題があるが、主要なところだけを見るように予め定めることもまた問題がある。

 主要なところ、微細なところ、すべてを見る。見えないところも見ようとする。自分の感情を、意見を、書き出してみる。そんな欲張った行動を実現できる・・・・・・・・・・・・よう、そのコンテンツに関わるときだけは全力になれるように努力する。



 別れは惜しい。

 強い思い入れがあって、時間や熱意をかけたものである程に。

 取りこぼしがあるんじゃないか、私の知らない真相があるかも、ひょっとしたら、実際は自分の想像とは真逆のものかもと後悔は尽きない。


 でもそれはそれでいいじゃないか。今まで積み上げてきた熱意の日々が裏切ることはないのだから。

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