第42話 クレイハート辺境伯




「……カルマ? どうしたの?」




 リンジーの問いかけにも反応せず、何だか、ひどく落ち着かない様子だ。




「おお、そうでした! カルマ……カルマ・ラングレイ殿。それが貴卿のお名前でしたな。クレイハート辺境伯、カルマ・ラングレイ殿」




 ――クレイハート辺境伯……。辺境伯?




「お久しぶりです。私は陸軍准将のカーター・ウォレフと申します」




 その准将は、カルマに対して懐かしい眼差しを向けていた。

 ……カルマが何者なのかを、知っているのだ。




「父君がお亡くなりになられ、あなた様が家督を引き継いだことは存じておりますが……。クレイハート伯爵であるはずの、あなた様が……なぜ……」




 カルマが、クレイハート伯爵……。

 伯爵……ですって?




「……伯爵はよして下さい。クレイハート領は王家に返上しました。今は領地のない、形だけの法衣貴族です。名誉爵位に過ぎません」



「……領地を返上?」



「ええ、クレイハートは王家の直轄領となっています」



「……そうでしたか……。では、ラングレイ家は?」



「私の代までです。名誉爵位は継承できませんから……。本当は爵位も返上したかったんですがね……、王が許してくれませんでした」



「……そんな……、父君、ネイサン閣下とは戦場を何度も共にしました。リディアス王国の英雄だったはず……。それが、どうして……領地を失うことになるのでしょう?」



「失ったわけではありません……領地は私が自ら返上したのです」



「……えっ?」



「今は一介の武器商人にすぎませんよ。それではこれで失礼します。カンジス中佐と商談がありますので……」




 そう言うと、カルマは振り返ることもなく、司令本部へと歩き出した。



 我に返ったリンジーが、慌てて後を追いかける。振り返ると、カーター准将がいつまでもカルマの背中を見つめていた。




「ねぇ、カルマ! 伯爵って……いったい、どういうことよ?」



「……」



「クレイハート辺境伯って、あなた、貴族なの?」



「……」



「おい! こら! 無視しないでよ! カルマ!」



「……うるさいな。……カンジス中佐との商談が先だ。後で話すよ……」



「むっ――――。後でちゃんと話してよ!」



「……分かったから……」



「絶対だからね!」



「……分かったって!」




 いつも冷静なカルマが、珍しく上気した顔を見せた。



 この男の過去に触れた瞬間だった。



 カーター准将はカルマを伯爵と呼んだ。

 かつては貴族だったのだ……。

 それが、何がどうなって武器商人となったのか……。



 仇であるカルマと行動を共にしているのは、この男を許したからではない。



 カルマ・ラングレイという男の物語を知る為なのだ。



 それを知った時、私はこの男を許せるのだろうか……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る