カルマ・ラングレイ伯爵の在庫帳

西稲 オキ

火龍退治

第1話 肉煮込み


「はーい! お待たせしました。当店自慢の『肉煮込み』でーす!」




 そう言って、人族の少女が運んできた木の器には、茶色くどろっとした液体が並々と盛られていた。無造作に置かれた器からは汁がこぼれ、テーブルを汚していたが、その店員は気にする様子もない。


 見た目は可愛らしく、愛嬌もいいが、何とも雑だ。あまり育ちが良くないのだろう……、失礼だとは分かっているが、ついそんなことを考えてしまう。




「葡萄酒のおかわりは?」



「……あっ、いや、結構です」




 ――郷に入っては郷に従え。

 何度自分に言い聞かせてきたことだろう。



 店員の少女に笑顔で返し、自慢の看板料理をいただくことにする。脂ぎった茶色い液体の中には大きな謎の肉がいくつも潜んでいた。



 今まで見たこともないその料理は、口に入れるのを躊躇するほどの怪しげな見た目ではあるが、不思議といい匂いがしていた。鼻腔をくすぐる甘い肉の香り。油と香辛料が混ざり、何とも芳ばしい。木のスプーンで肉をすくい、恐る恐る口に入れてみる。



 ――衝撃的だった。

 謎の肉は柔らかく、口の中でほろほろとくずれ、とろけるほどだ。湧き出る肉汁が茶色いスープをさらに濃厚な風味に仕立てる。




「……美味しい!」




 思わず独り言をつぶやいてしまった。

 それにしても、人族の美食に対する探求心には本当に感心する。おいしい物を食べようとする意欲は、他のどの種族にも見られないほどの執念を感じるのだ。



 自分達のようなエルフにも美味しい食べ物はもちろんある。しかし、人族ほど凝った料理は無く、料理方法もシンプルなものが多い。



 どちらかというと素材の味を活かしたものが多く、味付けも薄味だ。これほど濃厚で複雑な味わいはエルフにとっては衝撃であり、それ故に毒にもなると思っている。



 エルフ族は精霊の加護を受けるもの。精霊に寄り添い、精霊の声を聞くことで大いなる力を享受することが出来るのだ。それなのに……、国を離れてからというもの、人族の俗世に溶け込めば溶け込むほど、精霊の声が遠くなっているような気がする。




「私はいったい何をやっているのだ……」




 ため息をついたリンジー・ハーミルトンは、その美貌をフードで隠しながら、食べかけの『肉煮込み』をすすった。

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