斜向かいの彼女はマフラーを手放さない

@toytoyboxx

プロローグ

僕、村野悟は大学2年だ。心理学を専攻している。

都内のそこそこの私立に合格して念願の一人暮らしに目を輝かしていた1年半前の浮かれ気分はどこかに飛んで行って、今は色んな現実と戦っている。


まず一人暮らしは何かとやらないといけない家のことが多い。

日頃どれだけ家族に任せていたか痛感することしきりだった。

次に金がかかる。特に夏と冬の電気代に目が飛び出た。

なんで、最近はレポートを書く時もっぱら近所の喫茶店に籠もっている。


ここ喫茶ニッケはくたびれた爺さんが道楽でやってるらしく、コーヒー1杯注文すれば何時間粘っても何も文句を言われない。

しかも電源にネット完備でクーラーも効いてると至れり尽くせりだ。こんな店が徒歩圏内にあって良かった。

……ネットといってもwifiが飛んでいるわけではなく、持ち込んだLANケーブルを勝手に差し込んで使っているんだけど。バレたら怒られるかもしれない。


コンセントが足元にある窓際の席が僕の特等席だった。

夏場は差し込む日差しが強いため、ブラインドを目元の少し下まで下ろして作業する。

しかしどうしてあの教授は毎度頭を抱えたくなるようなテーマのレポートを要求してくるのだろうか。サンプル数100を無作為に選んでアンケートを取って来いとか、人脈もコミュ力もない僕にはハードルが高すぎる。

どうにかでっち上げるか……?

カチリ、カチリ。

無意識に腕時計のダイヤルを弄る。

この腕時計、上京する時に浮かれぽんちのまま買ったゴツいデザインの時計で、色んな機能がついてたんだけれども、腕に巻いたまま寝た次の日にメインの時計機能を残して死んでしまった。多分寝ぼけてどこかにぶつけたのだと思う。

費用がバカ高そうで修理にも出せず、かといって捨てるにも偲びないのでそのまま着けていて、悩んだ時や手持ち無沙汰な時、死んだままのダイヤルを弄るのがいつしか癖になっていた。


「ねえ」

突然声をかけられて僕は面食らった。ついに爺さんにLANケーブルが見つかったろうか。

しかしそれにしては妙に声が可愛らしい。

顔を上げた僕の目の前、正確には机を挟んで対角線上の椅子に1人の女の子が座っていた。

見た感じ小学生だろうか。ショートカットにTシャツ短パンで随分と活発な印象を受けた。

いつから座っていたのだろうか。


「な、なんだい突然」

「タイムトラベルのやり方、教えて」

それが彼女との出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る