第13話

 太陽系を3光年ほど離れたある惑星の近縁。

 優に20隻以上のもの戦闘艦がまばらに座していた。

 その中でも一際巨大な円錐状の旗艦。

 その司令部にて、提督はほぞを噛んでいた。

 先触れとなった旅団が丸々未帰還となった現状故に。


「カエシの報告通りになったか」


 モニターに映し出された少年。

 数あるプランの中でも本命となる侵攻計画であったというのに。

 提督は人命の損失に報いるべく、2つの作戦を発動した。

 作戦乙は地球圏に弾道ミサイルを打ち込む計画。

 威力は絞ったが、文明が大きく後退するほど生態系に影響を与える威力であった。

 結果は

 正確には、ある地点でミサイルは消失ロストしたと推測されるがそれ以上はわからない。

 作戦甲は太陽の膨張を促すエネルギー弾の投下。

 地球に干渉できないのであれば、地球に影響を及ぼす大質量の物体にアプローチをかけてみた。

 結果、極めて一時的な膨張が確認されたものの星系の位置関係に一切の変化は認められず。にわかには信じがたいが恒星の膨張も元のサイズに収まってしまった。

 夢界研究が第一義で、その完了後に人類を滅ぼす算段である以上、戦略兵器の使用はある程度制限されている。

 だが……切れる手札は存在するのか?


「無神論が誤りだと認める必要があるやもしれん」


 神の見えざる手。

 胡乱な単語だが戦略兵器の無力化を前にして軍の誰しもが同様の連想をしていた。

 そんな超越存在が仮にいたとして、人間にとってそれは神かも知れない。

 しかし、我らにとっては我らを脅かす悪魔に他ならない。

 士気の低下は深刻だ。

 成熟した文明人にとって極大規模の心霊現象ポルターガイストなどショックが過ぎた。ひょっとすると信仰心に目覚める者が船内に現れるかも知れない。

 何か手を打たねば……。

 と、管理職として頭を悩ます傍ら、そんな事は些事であるかのように提督は作戦ログを参照し続けていた。 

 あり得ざるこの世の揺らぎに心を奪われて。


「うーむ、にわかには信じがたい」


 あれを知りたい。知らずにおれん。

 種族の本能に突き動かされながら映像の解析を続ける。

 モニターに映し出された地球のモデル。

 極東と呼ばれる地にて2つの点が明滅していた。

 同族の発するビーコンの発信地を示しており、一つは知己のシグナルであった。

 もう一つは……正体不明の友軍。


「いずれにせよ謹んで協力を仰がねばなるまい」


 電光に照らされながら、緒戦に敗れた将は次のプランを練り始めていた。



◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆



 金と銀の光線が差し込む狭間の世界。

 全身を撫でる冷感。体を包み込む浮力。

 湖畔に投げ出されたユウヤは口から泡を吹き出しながら藻掻もがいていた。

 尋常な空間ではないらしく、単なる海水とは異なる液体と形容できる何かで満たされた、別世界にユウヤはいた。

 何せ、息ができず苦しかったが慣れると痛みが消失した。呼吸をしていないのに、自分にとって大切な何かが出入りしているような感覚。

 耳を澄ませば水中だというのに川のせせらぎや木々の揺れる音が聞き取れる。

 目を開けば地上と変わりなく水中が見渡せる。:

 ゆえに改めて認識する。ここは水中ですらないある種の異空間だと。

 七色に光り輝く巨大な珊瑚礁、それらを縫って遊泳する深海魚のような異形。

 原始的な、生物の根源に近い位相にいるように思えたが理解が追いつかない。

 

「気付いたようね」


 脱力して沈みゆくユウヤの背を受け止める手。

 振り返ると声の主はミカコだった。

 

「こんなところに堕としてどうする気?」

「貴方のイドから繋げて辿り着いたこの地は最後の壁なのよ。ここを破れば下界に下りることが出来る」

「地球を攻めるんだね」

「ええ、貴方にも協力してもらう」

「勿論断るけど何故こんなことを?」

「人間が私達を滅ぼすから、そうなる前に私が消す」

「暴力的だなぁ……身近な人はどうするの。クラスメイトは」

「ひょっとして私が東ミカコだと思ってる?」

「見た目は完全に東さんだけども」

「呆れた。さっきのやり取りもそうだけどユウヤ君って天然だったのね」


 手を取り合いながら沈下していくと多肉質の大形な花綸へと足をつけた。

 およそ水生植物とは思えぬ形状であったが、既存の常識でこの異空間は測れないのだろう。

 身震いが止まらない。誰がデザインしたのか知らないが、人が立ち入っていい領域でないのは察せられる。

 平静でいられるのは手を握ってくれている眼前の敵のおかげだった。男の悲しいさがかもしれないが、女性の手のぬくもりがあればそれだけで安寧を得られるのだ。

 言葉もなくほだされる己に自嘲したが、どうしても敵意を持てなかった


「東さんのことを知りたい」

「知ってどうするの。教えたら助けてくれる?」

「そうだね。力になりたいけれど東さんがどう困ってるか分からないから、まずは教えて欲しい」

「ふうん」


 東さんは面倒くさそうにしているように見えた。

 ひょっとすると強制的に他者を従わせるすべを持っていたのかも知れない。

 いや、実際持ち得ているのだろう。相手が優位だと理解しているからこそ、正面から彼女を捉えて真摯に語りかけることしかできなかった。

 事ここに至って自分は暴力を忌避していた。それに頼って解決しようとしている彼女が理解できないし、かといって捨て置けない。

 何故そう思うのか。去来した感情を上手く形容できなかったが目を背けるという選択肢は最初からなかった。当然だ、それで何が好転するわけでもない。


「私は登録番号Z320、最終兵器と呼ばれていた、人間を滅ぼすために作り出された存在」



◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆



 夕暮れ時。

 ひと目を気にして普段は早朝ランニングを心がけていたが、疲労のためにズレにズレ込んだ日課を暮合いに消化することにした。

 依然として気温は高いわ往来の人は多いわで余り良いタイミングとはいえない。それでも、体が鈍るような怠慢はきりかにとって自傷に等しく重苦しい体を引きずってでもランニングは敢行された。


「あの子、大丈夫かしら」

「無事である可能性は低いな」


 カエシの返答に苦い表情をしつつも足を動かし続けていた。

 ユウヤ少年から定時連絡が来ていない。

 有効な取り決めかどうかは分からなかったが、簡単な約束として定常的な生存報告は欠かさない事を決めていた。結果、つい先程から連絡が来なくなった。

 

夢界むこう現世こっちって時間の流れ方が違うんだっけ」


走りながらの問に首肯するカエシ


「こちらの一時間があちらの1日といったような一定のルールは存在せんがね。体感でなんとも曖昧に変動する」


 経験上、夢界での出来事はこちらの世界では一瞬だ。

 今は定時連絡が途絶えて10分も経っていないが、とうに手遅れの可能性もあった。


「助けに行かないと」


 そう呟くと、キリカは膝をついた。

 意識が泥のように溶け始めた。

 

「何事かね?」

「多分、あの子に呼び出しくらってる……」


 目を閉じて、視界を黒く染める。

 力を抜いて、その暗黒の変化を待つ。

 ただ待ち続ける。

 暗闇が鮮烈な七色の彩模様へと変じる。

 彩模様が溶け出して幾何学的な模様に変じると、一際大きな黒い円がある地点に形作られた。円に導かれるように跳ね上がる。

 キリカの意識は夢界の位相に登っていた。


「見事だな」


 付随するカエシの声がしたと思うと、

 景色は一変して黒い森の中へと変じていた。


「ユウヤ君の夢に飛び込んだはずだけど。随分様変わりしているわね」

「前回とは違う位相のようだな。ここはモーフィアスで構成された世界ではない」

「分かるの?」

「君の感覚を借りているのだから当然だ。本来は大掛かりな測定器が必要だが、この世界を構成する要素はポペドールとみて間違いないだろう」


 ヴィジュアルに変化はなかったが、すぅすぅと呼吸をしながら静かに瞼を閉じているのが伝わる。彼に呼吸するための肺と瞼が存在するかはさておき……人間に置き換えて例えるとそれに等しい行動を取っていた。

 確かなことは、ある種の瞑想状態に入っているということだろう。


「そう……?都会と山じゃ空気が違うのは当たり前ぐらいの感覚だけど」

「君はただ知識と感覚の紐付けができていないだけだよ」


 事も無げに断じられる。

 カエシはあいも変わらず肩に止まっていたので、瞑想の邪魔をすまいと立ち止まって様子を見守った。幾分怪訝な顔で。


「何か分かりました?」

「いや、全く」

「でしょうねぇ」

「昆虫の幼体は目が悪く触覚と嗅覚が頼りなんだ。それを五感合わせて体感できるというのは中々新鮮なのだよ。そこが夢界となれば尚更だ」

「幼体ってつまり……」

「その単語を口にすれば同盟関係に亀裂が入ると理解したまえ」


 肩周りに熱が籠もった気がした。

 相棒の怒気が膨れ上がっているのを感じる。


「話を移そう。あの少年に呼び出されたということは必ず足跡が……これを辿れば間違いないという糸がどこかに垂らされているはずだ」

「この場所に心当たりは?また小説の舞台?」

「森を探索はあの物語の基本だったから当然こうした景色も会ったろうが、断定はできん」

「ぽぺどーるって奴は関係してこないの?」

「当然、ある。人間の本能が生成する物質といわれている。つまり己自身で制御できない、いやし難い領域ということだね。ある意味で彼の無意識領域が顕在化されたものに近い」

「へぇ……無意識が森になるのね」

「当然、顕在化させるにあたって彼が自動的にデザインしたはずだ。そうでなくては上も下もない滅茶苦茶な世界観になる。森が彼の無意識だったとしたら興味深いがね。性欲然り食欲然り、衝動に関わる部位の世界なのだからもっと激しい現象や色合いであるべきだというのに、物静かで色も重苦しい」

「普通の子にしか見えなかったけどなぁ。ちょっと大人しいくらい?」

「私はそうは思わなかったがね。この間の戦闘時もそうだが、彼は恐ろしく冷静だったよ。そして何より煩わしそうだった」

「煩わしそうだった?」

「ああ、戦闘中は汚物を見るような眼で君たちを見ていたよ。そしてまだかまだかと面倒くさそうに終わりを待っていた」

「それは初耳」

「伝えて付き合い難くさせるのもどうかと思い……」

「いや上出来。全然気にしなくていーわよ」

「私には理解できないが、ああいうのを平和主義というのかね?」


 右肩に止まったカエシが疑問を口にする。

 どうだろう……と相槌を打ちながら歩き続けるキリカ。

 自分の知りうる中で該当する例は幾つかあるが、何分情報がなさすぎる。

 

「私は別におかしいとは思わないわよ。要するにこういうことでしょ?頭の悪い脳筋の理屈には付き合ってられないっていう」

「一方的に侵略する側としては耳の痛い話だが、外交において武力は選択肢の一つではないかね?」

「違うわよ。選択肢に入ってても実際にそれを選ぶかどうかは別の問題だし、現実的じゃないわ。自分が正しいから、相手よりも強いからって理由で本当に暴力で解決しよなんて輩ばかりだったらこの世界は今の姿をとっていないわ」

「ああ……同族同士の諍いであればそういう考え方もあるか」

「そっちはどうなの?」


 戦争。仕掛けるにせよ仕掛けられるにせよ。

 宇宙に版図を広げた部族トライブは皆、異種族と交戦するのが定めだ。

 故に待ったなしの生存競争がそこにはあって、やるかやられるかという原始的な道理以外は存在しなかった。

 互いに思いやりなど持てなかった。

 こいつは自分たちとは違うのだから、滅ぼすことに良心の呵責などいかほどもないのだと。欲しいのはその叡智だけだから他はすべて消して然るべきと。

 そうした理屈が横行していれば徐々に上位存在は下位存在に何をやっても良いだのだという驕り高ぶりへと変じていく。


「黙っててもアンタの考えは伝わってくるんだけどね」

「恥ずかしいな」

「宇宙人ったって考えることはそう変わらないね」

「同じ生存目的といえど根底が違うと言っておく。生きる意味を悶々と悩む人間と違い我々には真理を探求するという大願がある。そのために途中で潰える幕切れだけは避けねばならんのだ」

「ある種の宗教ね」

「違う。君たちで言うところの生理現象、三大欲求という表現が適切だな。君は自分の頭が空洞かのような感覚になったことはあるかね」

「空洞っていわれても……分かるような分からないような」

「我々種族特有の生理現象のようだが、頭の内部が空いている感覚が常態化していて代わりの何かで詰め込みたい欲求に駆られるのだよ。人間で言うところの空きっ腹というやつだな。頭が軽い足りないと感じたら知識や知恵で埋め合わせたくなる」


 三大欲求に知識欲が加わっているというべきか。

 知識欲と生物としての機能が密接にカエシ達は結び付いていると。

 俄には理解し難かったが、現実にも活字中毒のような人種がいるし、そういうこともあるか、ときりかは勝手に納得していた。

 ふと、新たに湧いて出た疑問を口にする。


「じゃあ、なに?例えば獲物を狩る絶好の機会があったとしても、獲物を調査する事を優先したりするわけ」

「無論、ただ殺すだけではあまりに勿体ない。特別な理由がない限り処罰の対象にもなりかねん非道にあたる。サンプルとして厳正に調査するのが自然だろうし、ルールで取り締まらなくともそうしたい欲求にまず駆られる」

「じゃあ、ユウヤ君は心配ご無用かな?」

「恐らくは。あんな未知の塊をただ消すなどと……とんでもない事だ。理性が麻痺していたとても考えにくい」


 その答えを聞いてきりかは安堵していた。

 いや、待て。


「生きてさえいればいいって事でバラバラの状態で保存したりなんてしないわよね」

「あ、それは有り得る」


 一斉に全身から冷や汗が滲み出始めた。

 


 





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