夢争のレム
アキハル
第0話 無人の荒野
ぴきゅんぴきゅんと不快な音が絶え間なく戦場に響いていた。
疲れているのか眠いのか、あるいはその両方か、束の間、私の意識は何処かへ飛んでしまっていた。
ここは灰色の大地。大気がなく、よって海がなく、よって木々もない。生命の息吹のない場所。はるか彼方の惑星。
「なにやってる。頭を動かせ」
隊長機の注意の声。それを受けてようやく微睡んでいた目が覚めてきた。
意識の飛んでいる間、攻撃にさらされていたようだが、ボディに深刻なダメージはなかったようだ。気を取り直し、眼前の敵を見据える。
敵の無人兵器、機甲された砲塔とそれを支える軟体の四肢。まるでマダコのようなデザインだったが、私にはやりにくい相手であった。
絶えず打ち鳴らされる砲撃音。
射程内なのでこちらも撃ち返しているが、有効射が全く決まらない。形状を見る限り、砲塔部分を破壊すれば無力化できるだろうが、軟体の四肢が自由自在に砲塔を傾け、あるいは沈ませて完璧なハルダウンを実現していた。
「埒が明かないわね」
だが、こちらの砲撃が敵に届いていないように、あのマダコの砲撃もまたさほど効いていない。堅牢なモーフィアス甲がこちらの絶対的アドバンテージなのだ。
状況を打開しなれば……袋叩きに合いたくはないが、接近戦を仕掛けるべく敵陣地の観察を始めた。高低差の激しい地形、その影のなかにびっしりと無数の赤い眼光が蠢いていた。数を数えるの馬鹿らしく、あの大群に飛び込もうとも思わない。目を向けたのは、比較的大きな窪みが何処にあるかであった。そこであれば、吶喊しても地形が壁となり即座に集中攻撃を受けることはないはずだ。
しばらくして、手頃な窪みを見つけた。
試してみるか、と私は目的地へ飛び出していった。敵の砲弾も光線も私を捉えることはできなかった。
『速ぇーなあ』
耳触りな同僚の軽口を聞き流しながら私は加速していく。ボディを微かに明滅させながら断続的に空間内を現れては消えていく。
俗に瞬間移動と称される。私がジャンパーと呼ばれる所以だった。
すべてを躱しきって目標の敵地へ斬り込む、そう文字通り私は全身で斬り込んだ。
溶断された敵の砲塔が真っ二つとなって地面に落ちた。それでも軟体の四肢は奇怪に動いていたがやはり砲塔部分が核だったのだろう、それ以上攻撃を仕掛けてくることもなく無力化された。
変形した自分の右腕を見つめる。五指のあった手はプラズマを放出する大型トーチへと姿を変えていた。
残ったもう一個のマダコ型が鎌を振り回すように四肢を繰り出してきた。
見る限り、タコのような軟体の四肢に切断力はない。ともなればやはり取り憑いて動きを封じる狙いなのだろう。
振り回される四肢の軌跡に合わせて大地は容赦なく抉れていく。それはあのマダコ型の強力な膂力を表していた。
私は極力、体勢を崩さぬように慎重に躱していく。マダコ型は四肢を六本ほど備えていた。自分を支えるために三本、こちらを攻撃するための二本、残る一本は遊んでいた。
あれはここぞというとき、こちらが隙を見せたときのために温存しているのだろう。思わず感心した。無人にしては随分賢い。
だが、条理を逸した現象に対応できるはずもなく……。
ボディの明滅と同時に無防備な頭上に瞬間移動した私は容赦なく砲塔を切り裂いた。最後の反撃を試みたのか、分かたれた砲身がこちらを睨みつける。だが、それ以上何もなかった。
少しだけ味気ない。
一切恐れることのない、物言わぬ物体を斬るだけなら、これはまるで据物斬りではないか。
「残りはいくつやら……」
達成感がないことはない。が、複雑だった、辺り一面に響く砲火の音が残存敵の数を表していた。万か億か、これら全てを処理すると思うとあまりにも気怠い。
「気を入れ直さないと……」
羽のように軽いボディが倦怠感で少し重くなった気がした。
こちらの状況は終わっていないが、宇宙での戦闘は決着がついたようだ。その証拠に煌々と美しい軌跡を描きながら雨のように地上へ敵艦の残骸が降り注いでいた。
セスタス05にとって解体作業の傍ら、これを眺めることがせめてもの楽しみとなった。
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