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次の日、エレノアはなぜかお菓子作りをしていた。
フレイディーベルグがお菓子が食べたいと言い出し、リリアローズがリベンジするためにお菓子作りを教えてほしいと言って、彼女が立ち入り禁止にされていたキッチンが解放された。
リリアローズが簡単なものがいいと言うから、混ぜて焼くだけのパウンドケーキにした。卵とバターと砂糖と小麦粉を同じ分量ずつ混ぜるだけのパウンドケーキは簡単で、ドライフルーツなどを入れるとアレンジもきくし、何よりおいしい。
リリアローズに卵を割ってもらおうとしてぐちゃりと手の中でつぶされたので、彼女には混ぜる作業だけをお願いすることにした。フレイディーベルグによると、リリアローズは相当不器用らしい。とにかく細かい作業が苦手で、得意なことは「破壊」だそうだ。……フレイディーベルグの言うことを、どこまで信じたらいいのかはわからないが、彼女が卵とバターと砂糖を混ぜているボウルがミシミシと不穏な音を立てているので、本当に「破壊」が得意なのかもしれない。
エレノアはボウルが破壊される前にストップをかけて、小麦粉を混ぜ合わせると、バターを塗った型に入れた。
トントンと型をキッチン台の上に軽く打ちつけて空気を抜いて、オーブンに入れる。
「あとは焼き上がりを待つだけです!」
リーファの指導のたまものか、エレノアのお菓子作りの腕はかなり上達していた。
リリアローズが嬉しそうに、「これならあたくしでも作れますわ!」と意気込んでいたので、卵を割るのはほかの誰かにお願いしてくださいねとだけ返しておいた。
エレノアはリリアローズとお茶を飲みながらパウンドケーキが焼き上がるのを待つことにした。
お茶ももちろんエレノアが煎れた。リリアローズが、ティーポットの半分まで茶葉を入れようとしていたから、慌てて止めたのである。
フレイディーベルグが、リリアローズは丸焼き料理しか作れないと言っていたが、今日でその理由が充分にわかった。大げさなと思っていたが、人には向き不向きというものがあるのだ。
「あの小説はどうだったかしら?」
紅茶を口に含んだところでリリアローズがそんなことを言うから、エレノアは危うく口の中身をぶちまけるところだった。
「リリー様、あ、あの小説は……」
「うふふ、新婚夫婦のあれこれがたくさん書いてあったでしょー? きっと役に立つわよー。夫に飽きられないためにも、ちゃんとお勉強しないと」
あんな恥ずかしいもの読めません、と返そうとしたエレノアはぴたりと口をつぐんだ。
(……飽きられる?)
その可能性は、全く考えていなかった。
サーシャロッドがエレノアに飽きる。あり得る未来だというのに、甘やかされて幸せで何も考えていなかったエレノアは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、飽きられるんですか……?」
恐る恐る問えば、リリアローズは涼しい顔で紅茶を飲みながら、
「それはそうよー。人でもそうなのに、これから何百年と一緒にいることになるのよー? そのうち飽きられて、淋しい一人寝になる……、ってことも充分に考えられるわー」
「飽きられる……」
サーシャロッドに飽きられれば、いらないと言われてしまうのだろうか。エレノアは真っ青になる。
リリアローズは「だからイロイロ刺激的な方法を研究しないとー」と続けていたが、エレノアの耳には届かなかった。
(飽きられる……)
冷たい視線を向けてくるサーシャロッドを想像しただけで泣き出しそうになる。
「り、リリー様、あの本を読めば、飽きられないんでしょうか」
「もちろんよー。きっとサーシャ様も喜んでくださるわ!」
「本当ですか!」
エレノアはパッと顔をあげた。
飽きられないためには、本から新婚夫婦の日常を学ぶ必要があるらしい。あれを読めば、きっと大丈夫。
「うふふ、もっと仲良くなれるように頑張ってねー」
エレノアは、リリアローズが言いたいことと自分の想像が微妙にかみ合っていないことには気がつかずに、「はい!」と大きく頷いた。
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