6

 クライヴはごろりと寝返りを打った。


(眠れない……)


 広いベッド。人一人分のスペースをあけて、隣ではすやすやとエレノアが眠っている。


 緊張しているのか、エレノアの寝つきは悪く、クライヴは彼女が眠るまでいつも寝たふりをしていたが――、実際エレノアよりも眠れていないにはクライヴの方だ。


(無防備だな)


 男の隣で、すやすやと眠ってしまうエレノアが少し恨めしい。


 何かと理由つけてこの部屋に閉じ込めたのはクライヴだが、エレノアが隣にいると思うだけで、まったく眠れない。


 いつも俯いていたエレノア。無知で、とろくて、どんくさくて、なんでこんな女と――、と思っていたのに、八か月ぶりに再開した彼女に、こんなにも心乱されている。


(綺麗になった……)


 いや、もともと可愛らしかったのかもしれない。ただ、クライヴは彼女を見ようとしなかった。自己主張のない、まるで人形のような女。いつも顔色が悪かった。それが家族による虐待のせいだったなんて、あの頃のクライヴは思いつきもしなかった。


 あの頃、エレノアに向き合っていれば何かが違ったのだろうか。


「ん……」


 エレノアがクライヴの方へ寝返りを打った拍子に、シャランと鎖が軽い音を立てる。彼女の首には細いチェーンがかかっていた。その先には、明らかに男者だとわかる指輪がある。


 ある日、その指輪はエレノアの手元にあった。


 それをどうしたと問いかけても、エレノアは首を振るばかりで答えなかった。


 ただ、何よりも大事そうにいつも握りしめている彼女を見て、なんだかむしゃくしゃしてしまって――、一度、その指輪を取り上げた。


 その瞬間、彼女は返してくれと言って、それでも取り上げたままでいるととうとう泣き出した。さすがにクライヴが焦って返せば、取られまいと思ったのか、必死で自分の指にはめようとした。


 男物の指輪だ。特に細いエレノアの指では、当然大きすぎる。泣かせてしまった負い目もあって、クライヴは首から下げられるようにチェーンをやったのだ。


「その指輪の持ち主は、誰だ……?」


 心がざわざわする。


 エレノアがあんなにも必死になったのははじめてだ。


 何をしても、何を言っても反抗しなかった彼女が――婚約破棄を言い渡したときでさえ何も言えなかった彼女が、指輪一つで泣くほど必死になるなんて。


 クライヴは上体を起こした。


「その指輪の持ち主は、お前の何……?」


 恋人――だろうか。


 その可能性を少し考えただけで、吐きそうなほど気分が悪くなる。


 アクアマリンのような瞳を潤ませた彼女は、――ぞくぞくするほど可愛かった。泣かせて慌てたと同時に、その唇を塞ぎたくなった衝動を、よくがまんできたと思う。


「エレノア――」


 手を伸ばして、彼女の頬に触れてみる。


 きめ細かい、手のひらに吸い付くような感触にたまらなくなる。


 さすがに、眠っているエレノアを襲うようなことは、できない。


 そんなことをすれば、間違いなく彼女は自分のもとから逃げ出そうとするだろう。


 万全でない体調をもちろん心配してはいるが、それを理由にうまく言いくるめて、せっかく手元にとどめておいているのに、襲いかかっては台無しになる。


 彼女を手に入れるには、どうすればいいだろう。


 最近は、そればかり考えている。


 もしも生きているのならば、彼女を探し出してもう一度祝福の儀式を――、ついひと月と少し前は、そんなことを考えていたのに、それすらどうでもよくなっている自分がいる。


 ただ、目の前で子供のように無防備な顔で眠るエレノアが――、ほしかった。

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