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 エレノアが王城のクライヴの部屋で生活するようになって、二日がすぎた。


 どういうつもりなのか、クライヴは甲斐甲斐しくエレノアの世話を焼いた。


 ベッドから起き上がって、部屋の中を歩けるくらいまでに回復したエレノアだが、少し動けば、無理するなとベッドに戻される。


 クライヴがどこかから調達してきた高そうなドレスを着せられて、さすがに部屋続きの浴室にまではついてこなかったが、風呂から上がればまた世話を焼かれる。夜眠るときも同じベッドで眠ることを強いられた。ベッドはとても広いけれども、隣にクライヴがいると思うと落ち着かず、寝不足気味のエレノアは、安静にしろと昼間からクライヴにベッドに押し込められればそのまま眠ってしまって、結果、一日の大半をベッドの上ですごしている。


 エレノアの知る以前のクライヴであれば、エレノアが部屋にいるのを見つけた途端、体調が悪かろうとどうしようと部屋の外にたたき出していてもおかしくなかった。


 そんなクライヴに世話を焼かれるというのは、どうにも妙な気分だ。


 ラマリエル公爵家の家族と違い、クライヴがエレノアに手をあげたことはない。いつも冷ややかな彼だが、近寄らなければ何も言わないし、わざわざエレノアを苦しめるようなことはしなかったので、エレノアはクライヴに対して恐怖心を抱いているわけではない。


 だから彼がそばにいても緊張するだけで怖いわけではないのだが――、違和感は、ぬぐえない。


 捨てた元婚約者の世話をして、彼は何がしたいのだろう。


 善意――とはどうしても思えなかった。そう思えないほど、婚約していた十八年間、彼はエレノアを無視し続けたから。


「お前は食が細いのだな。もっと食べろ。治らないぞ」


 食べろ食べろと皿に食べ物を乗せられて、エレノアは戸惑う。


 エレノアは確かに食が細いが、これでもかなり改善した方だ。サーシャロッドが膝に抱えて口に食べ物を運ぶから、否が応でも食べる癖がついた。だから、自分では食べている方だと、思う。


「もう、おなかいっぱいです……」


「まだ少ししか食べていないだろう。そんなだから細いんだ」


「ご、ごめんなさい」


「いや、怒っているわけでは……」


 クライヴはバツの悪そうな顔をして黙り込む。


 婚約していたときは、ほとんど顔も併せなかったのに、婚約を破棄してから四六時中顔を突き合わせることになるとは、誰が想像できただろう。


 毛先が肩につくかつかないかほどの長さの、プラチナブロンドの髪に、エレラルドのように綺麗な瞳。視線が絡むと顔をしかめられたので、婚約期間中、彼を見つめることはほとんどなかった。


 絵本の中の王子様のように絵にかいたような「王子様」然としたクライヴは、国中の女性のあこがれだそうだ。


 シンシアも例には漏れず、どうしてエレノアのような貧相な女がクライヴの婚約者なのだと罵られたころは、数えられないほど。


(そうよ……、シンシア)


 もしもシンシアにこの状況を見られたら、彼女はどうするだろう。それこそ、水をかけられたりモノを投げつけられるような生易しいものではすまないかもしれない。


 ぞっとして、エレノアはぎゅっと手を握りしめた。


「殿下……、わたし、帰らないと」


 エレノアはまだ少しふらつく足で席を立った。


 ここにいてはいけない。シンシアに、公爵家に見つかる前に逃げないと。サーシャロッドのもとへの帰り方はわからないが、それよりもここから逃げ出すことの方が先決だ。


「馬鹿を言うな! そんな体で、どこに行くんだ」


 クライヴは慌てて立ち上がると、エレノア肩を押さえつけて席に座らせる。


「大体、帰るとはどこへ帰るんだ。今までどこにいた。思い出したから帰ると言うのだろう?」


 矢継ぎ早に質問されて、エレノアは視線を落とす。


 言えない。サーシャロッドの妻として、月の宮で暮らしていたなんて、言えるはずがないし、言ったところで信じてもらえないだろう。


 エレノアが唇を引き結んで黙り込んでいると、クライヴが小さく息をついた。


「もしかして、心配しているのは公爵家にばれるかもしれないということか?」


 どうしてわかったのか。びくりと肩を震わせたエレノアの背中を、クライヴがぎこちなく撫でる。


「安心しろ。お前を公爵家へ連れて行ったりしない。そもそもお前の父たちは、査問会で身分剥奪が決まっている。爵位はお前の叔父に渡ることが決まった。また王都の公爵家にいるが、そのうち、お前の父たちは領地へ送られてそこで暮らすことになる」


「身分、剥奪……?」


「お前を山へ捨てたからだ。私刑がきつく禁止されているのは知っているだろう。それを、この国の筆頭公爵家が――、国外追放されなかっただけでも、温情だ」


「でも、シンシアは、殿下の……」


「こうなった以上、婚約は破棄に決まっているだろう。だからお前が心配するようなことはどこにもない。だが念のため侯爵たちが領地へ移送されるまでは知られない方がいい。怖がることはない。ここにいれば、お前は安全だ」


 まるで、エレノアがここを立ち去る理由を一つずつ潰していくような言い方でクライヴが言う。


 クライヴはカットフルーツの入った皿をエレノアに差し出した。


「フルーツならもう少し食べられるんじゃないか?」


 クライヴは、エレノアをどうしたいのだろう。


 信じられないほど優しい微笑みを浮かべるクライヴを見上げて、エレノアは、翼を切られて閉じ込められた鳥のような気分になった。

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