泉の妖精の異変

1

 リーファの妊娠がわかってひと月がすぎた。


 もともとリーファに甘かったラーファオだが、妊娠がわかってからはそれに輪をかけるように過保護になった。


 そして、ユアンがそれよりもさらに過保護だった。


 日中は、監視役としてリーファの部屋ですごすようになったユアンは、リーファが少しでも動けば「腹の子に触る」だの、ちょっと何かを持ち上げれば「流れたらどうするんだ!」だの、とにかくうるさい。


 ラーファオが苦笑して、これではどっちの子かわからないと言っていたが、本当にリーファが我が子を妊娠したと言わんばかりの心配っぷりだ。


 しかしリーファは不満そうで、「少しくらい動かないと逆に悪い」と抗議するのだが、夫と弟は聞き入れないらしい。


 家事の合間にエレノアが様子を見に行けば、めずらしくリーファが愚痴を言うものだから、相当ストレスが溜まっているのかもしれないと思って、サーシャロッドに言うと笑われた。


「わかった。私から、散歩くらいは許してやれとあの二人に言っておく」


 サーシャロッドの助言があって、リーファはようやく朝の散歩を許されたようだが、ユアンかラーファオのどちらかがべったりとそばを離れないとのこと。


 リーファの診察に来る、ばあやがあきれて「男どもはまったく」と嘆息していたが、リーファを心配する二人の声も微笑ましい限りのようで、見て見ぬふりをしているそうだ。


 そんなばあやは、まだ家事に不慣れなエレノアのいい師になった。


 普段は生活している棟からあまり出てこないばあやだが、リーファと、それから慣れない家事に悪戦苦闘しているエレノアが心配なのか、最近はよく顔を見せて、エレノアにいろいろと教えてくれる。


「掃除は四角くするもんじゃー!」


「はいぃ!」


 ばあやはたまに厳しいが、それでもエレノアは楽しかった。


 ちなみに、リーファに言わせれば、ばあやよりもラーファオの方が厳しかったらしい。妻に激甘なラーファオが厳しいというのはどうにも想像に難かったが、リーファがそう言うのだからそうなのだろう。なかなか厳しいお父さんになりそうだ。


「ばあやにしごかれているな」


 夕食を終えて、浴室でエレノアを裸に剥きながら、サーシャロッドが楽しそうに言った。


 雪の妖精の女王の城で一緒に入浴していた――というより、強制的に入浴させられていた――エレノアだが、ここにきてリーファが妊娠したこともあり、月の宮殿に戻っても「一緒に入浴」は継続中だった。


 抵抗したところで無駄だということは嫌と言うほど理解しているので、エレノアはもう抵抗はしない。抵抗はしないが、恥ずかしくないわけではなく、毎日のぼせそうになりながら入浴していた。


「でも、楽しいですよ」


 後ろから抱きかかえられるようにして風呂につかる。甘い香りのする泡がふわふわと浴室の中を舞っていた。


「ばあやも楽しそうだな。まるで孫に教えているみたいだ」


「孫! 嬉しいです」


 にこにことエレノアが笑うと、「よかったな」と言ってサーシャロッドが頭のてっぺんにキスを落とす。


「明日は、お魚料理を教えてくれるんだそうです!」


「すると、明日の昼か夜は魚か」


「はい。夜ご飯です!」


「楽しみにしておく」


 サーシャロッドがぎゅっと抱きしめてくるから、エレノアは少し慌てた。


 裸の肌が触れ合うのはまだ慣れない。ぴったりとくっつくのは気持ちがいいけれど、ドキドキして心臓が壊れそうになる。


 ぴったりとくっついたあとは、うなじとか肩とかにちゅうっと吸いつかれるから、さらに鼓動が早くなる。きっと、サーシャロッドの腕が胸の下に回されているので丸聞こえだろう。


「エレノア」


 呼ばれて顔を後ろに向けると、キスが落ちてくる。


 長いキスの間に「のぼせちゃう……」とエレノアがつぶやけば、ようやく恥ずかしいお風呂タイムが終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る