5

「さて――」


 サーシャロッドとエレノアが泊っている客室に戻るなり、サーシャロッドは腕に抱えているエレノアに向かってにっこりと微笑みかけた。


「ずいぶんとあの男が気になっていたようだな」


 口調はとっても優しいが、エレノアはその声の中に何かを感じ取ってびくりと震える。


(お、怒ってる……?)


 笑顔だし、声も優しいけれど――サーシャロッドは怒っている。


「あの男の何がそんなに気になった?」


 すたすたとサーシャロッドはエレノアを抱えたまま部屋を横切る。


 なにがなんだかわからずに、サーシャロッドの腕の中で縮こまっているうちにベッドまで到着すると、彼はそのままエレノアをベッドに仰向けにして押さえつけた。


 のしかかられて、頬を撫でられる。優しいのに――やっぱり怖い。


 エレノアはふるふると震えながら、首を横に振った。気になったわけじゃない。大丈夫かなと心配になっただけで――。確かにちょっとだけ、リーファに似ている気がして興味を持ったが、ほんのちょっぴりだ。


 だが、サーシャロッドは笑顔のままエレノアの服のボタンを一つ外した。ひぅっとエレノアの喉が鳴る。


 この顔を――、エレノアは知っている。


 前に言いつけを守らずにカモミールの姫を探しに行ったのがばれたときにみせた、サーシャロッドの顔。あの時、怒ったサーシャロッドにたっぷりとお仕置きされたのを、エレノアは忘れていない。


(お、お仕置き……?)


 でも、エレノアは何もしていない。いい子で待っていろと言われたから、雪の妖精の女王たちと留守番をしていた。勝手に外には出ていないし、怒られるような悪戯もしていない。エレノアが怯えて身をよじれば、ぷつんともう一つのボタンが外された。


「さ、さーしゃさ……」


「消毒は必要だろう?」


 そう言われて、以前ラーファオとぶつかったときのことを思い出した。あの時、風呂場に連れていかれて全身をピカピカに洗い上げられたのだ。「消毒」と言って。でも――


「さ、触ってないですっ」


 そう、今回エレノアは、あの男に指一本触れていない。ただ見ていただけなのにどうして――とサーシャロッドを見上げれば、サーシャロッドが目尻に口づけを落とした。


「あれだけ凝視していれば、触ったのと同じだ」


「そんな……!」


 横暴だ――、エレノアの小さな抗議は、サーシャロッドの口づけによって封じられる。


 角度を変えて何度も口づけられて、ぺろりと唇をなめられた。だんだんと息が苦しくなって口をあければ、その中に舌が入り込んできて硬直する。


「んんっ」


 エレノアが目を白黒させている間に歯列が舐め上げられて舌が絡められる。


「んぅ―――!」


 口の中に舌を入れられたのも、口の中を舐められるのもはじめてで、エレノアはぎゅうっとシーツを握りしめた。


 やがて、真っ赤な顔でくたりと体を弛緩させたエレノアを見て、サーシャロッドは満足そうに口端をつり上げる。


 エレノアの横に転がると、彼女の華奢な体を抱きしめて、優しく髪を梳いた。


 はふはふと肩で息をくり返しながら、エレノアは潤んだ目でじっとりとサーシャロッドを睨む。


「ひ、ひどいですっ」


「その美しいアクアマリンのような瞳にほかの男を映した罰だ」


 あんまりだ。そう思うけれど、ここで反論するとサーシャロッドにこれ以上のことをされかねない。現に、彼の手は胸の上の三つ目のボタンをもてあそぶように撫でている。


「私を嫉妬させたお前が悪い」


 嫉妬?


 エレノアはぱちくりと目を瞬いた。


「サーシャ様が、やきもち、ですか?」


「当然だろう。お前のすべては私のものだ。あまり私を妬かせるな。さもないと――」


 閉じ込めてしまうぞ――と耳元でささやかれてぞくりとする。


 赤くなればいいのか青くなればいいのかわからずに、エレノアがびくびくとサーシャロッドを見上げれば、笑いながら抱きしめられた。怖い笑顔ではなくて、楽しそうだったので、エレノアは少しほっとする。


 すり寄れば優しく抱きしめてくれるから、もう怒ってはいなさそうだ。


(サーシャ様のヤキモチ、怖い……)


 エレノアは「男の人を近くで見つめるのは駄目」という教訓を心に刻みながら、ちょっと横暴なサーシャロッドへの抗議を含めて、ぐりぐりと彼の胸に額を押しつけた。

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