2
サーシャロッドがポールとカイルともに調査のために雪山に向かうと、エレノアは雪の妖精の女王に呼ばれてお茶を飲んでいた。
そこには青の洞窟の魔女もいて、二人は仲直りしたのだろうかとエレノアはホッとする。
こうしてみると、姉妹というだけあって、雪の女王と青の魔女はどことなく似通った顔立ちをしていた。
「それで、昨夜はポールと仲直りできたの?」
優雅にティーカップを傾けながら青の魔女が問えば、雪の女王が口に含んだ紅茶を吹き出した。
「と、突然何を言うのですか!」
「あらだって、姉さんが怒って寝室に入れてくれないってポールが嘆いていたから」
「……あの人ったら、なんてことを」
「それで、仲直りできたの? まだなら早くしたほうがいいわよ。男にいつまでも『待て』させていたら、暴走してひどい目に遭うわ」
雪の女王の顔はみるみるうちに赤くなった。
だが、エレノアにはいったい何の会話をしているのかがわからない。首をひねっていると、青の魔女が気がついてにっこりと微笑んだ。
「エレノア様だったわね。サーシャロッド様の奥方の。見たところ――、『まだ』みたいだけど、覚えておいた方がいいわよ。どれだけ無害そうな男でも、あんまり待たせておくと女が大変な目に遭うの」
「あなた、エレノア様になんてことを言うの!」
「あら、間違ったことは言っていないと思うけど。その様子だと、昨夜は仲直りできたみたいね。……待たせすぎて、無茶苦茶にされたのかしら? 首元」
「っ!」
雪の女王が慌てて首元をおさえると、青の魔女は口端をつり上げた。
「に、キスマークでもあったら面白いんだけど。ふふ、そんなに慌てるなんて、うまく隠しているだけかしらね」
雪の女王の顔が、まるで湯気が出そうなほど赤くなる。
「ポールが姉さんのこと本当に好きなのは見ていてわかるでしょうに。どうして浮気を疑うのかしら。心が狭すぎない?」
「お、お黙りなさい!」
「はいはい。姉さんの趣味はよくわからないけど、びっくりするほど愛されているのはよーっくわかったわ。浮気を疑われても、姉さんに話すと危ないことに首を突っ込みそうだからって内緒にしておくなんて言うんだもの。彼、そのせいでずいぶんと落ち込んでいたから、しばらくは優しくしてあげるのね」
雪の女王はぐうの音も出ないという顔で口を引き結んだ。
姉をやり込めて満足したのか、青の魔女はテーブルの上においてあったチョコレートをつまんで口に入れた。
「そんなことより、あの黒い水晶です。少なくともわたくしが女王になって二百年、あのようなものは見たことがありません」
「そうよね。わたしも知らないわ、あんな触れたものを変異させるような物騒なもの。しばらく雪だるまの妖精は山に近づけない方がいいんじゃない?」
「それについては、すでに指示を出しています。翁にも一報を入れておきました。彼からもほかの地に暮らす妖精たちへ伝達が行くはずです」
「あら、相変わらず仕事が早いのね」
「あの……、あの黒い水晶、そんなに危険なものなんですか?」
それまで黙っていたエレノアが口を挟むと、雪の女王が柔らかく双眸を細めた。
「危険なものには変わりありませんが、大丈夫ですよ。サーシャロッド様ですから、何かがあるはずもありません」
エレノアが雪山に向かったサーシャロッドを心配しているとわかったのだろう。雪の女王に続き、青の魔女も頷いた。
「あの方に害をなせるものがいるとすれば、それこそ太陽の神のフレイディーベルグ様くらいなものね」
「そうなんですか?」
「ええ。力でねじ伏せることを好む方じゃないから、わかりにくいのかもしれないけど、あの方がいれば安心よ。少なくとも、この月の宮で暮らす妖精や動物、あなたたち人間もそうね。わたしたちは、あの方がいるから安心して暮らせるの。だからそこにいる姉も、ポールとカイルが雪山に行っているのに平然としているのよ。サーシャロッド様が一緒じゃなきゃ、今頃心配で城中を徘徊しているに決まっているわ」
「誰が徘徊ですか!」
「姉さんよ。知ってる? エレノア様。姉さんってこう見えて意外と小心者なのよ。ポールと結婚前にね、彼のことが好きなのに好きと言えなくて、毎日毎日うじうじ悩んでいたの。もし好きだと言って断られたらどうしよう。嫌われて彼がこの城からいなくなったらどうしよう。毎日そんなくだらない悩みばっかりよ。こうして考えると、似たもの夫婦だと思わない?」
べらべらと姉の秘密を暴露していく青の魔女に、雪の女王はぷるぷると肩を震わせた。
しかし青の魔女は知らん顔で、エレノアにずいと顔を近づけた。
「エレノア様とサーシャロッド様はどうだったの?」
「え?」
「結婚して七か月半だったかしら? ふふ、これまでどんなことがあったのかしら? まだシてないにしても――、何もないわけじゃあ、ないわよね」
青の魔女は手を伸ばすと、エレノアの髪を軽く書き上げ――、耳の後ろに見つけた赤いあとににんまりと口端を持ち上げる。
すると、雪の女王までもが興味津々と言った様子で視線を向けてきた。
青の魔女は指先でエレノアの頬を撫でながら、楽しそうに笑う。
「男たちが帰ってくるまで暇だもの。お二人のこと、たっぷりと知りたいわぁ。ふふふふふ」
青の女王の笑顔がどうしてか怖いもののように見えて――、エレノアは鷹に目をつけられた子ウサギのように、ふるふると震えた。
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