5

「それで、明日からお前も花嫁修業をすることになったのか」


 あきれたようなサーシャロッドの声はエレノアの頭上から響いていた。


 エレノアは頷こうとしたが、まだ目が回っていてうまく頷けない。


 こうなったのもすべて、サーシャロッドのせいだった。


 ばあやの家で着替えた異国風の服をまとってエレノアが戻ると、それを見つけたサーシャロッドは、エレノアを寝室に押し込めて、リーファが綺麗に結んでくれた帯に手をかけた。そして、どういうわけか帯の端をグイと引っ張って、帯が引っ張られるままにその場でぐるぐると回る羽目になったエレノアは、目を回してしまったというわけだ。


 目を回して、すっかり服がはだけてしまったエレノアは、ベッドでうつぶせに寝そべっている。


 さすがに悪かったと思っているのか、サーシャロッドが頭を撫でてくれていた。


「悪かった。かわいらしかったから脱がしたくなったんだが、やりすぎたな」


 どうして「かわいらしかった」ら「脱がしたく」なるのかがわからないが、下手に突っ込むと全裸に剥かれそうな予感を覚えたので、黙っておく。


「やれやれ、そんなもの断ればいいだろうに」


 さらさらとエレノアの赤みがかった金髪が撫でられる。


 リーファのおかげで、痛んでごわごわしていた髪の毛は見違えるほどきれいになった。毎日丁寧にくしけずってくれるから、さらさらと音さえ聞こえてきそうなほど滑らかだ。


 エレノアはうつぶせのままゆっくりと頭を横に傾けてサーシャロッドを仰ぎ見た。まだ起き上がるのはしんどいが、ぐるぐると焦点の定まらなかった瞳は落ち着いてきた。


「でも、ばあやさんが明日から来なさいって」


「あれは若い娘に嫁ぐということは何たるかを説くことを生きがいにしているからな。私の嫁とわかれば格好の餌食だ。だからリーファにも黙っておけと言っていたんだがな」


 カモミールの姫があっさりとばらした。


 エレノアも妖精から花嫁修業を受けることになるとは思わなかったが、人間界で少しとはいえ城で花嫁修業を行っていたのだ。その延長だと思えばいい。


「お勉強とか、音楽とかでしょうか?」


 妖精の基準と、人間界の基準は違うかもしれないが、学ぶことは嫌いじゃない。


 公爵邸では、学ぶ機会が与えられなかったからだ。


 十七歳から十八歳の誕生日の日まで一年間城へ花嫁修業に向かったが、最初は何も知らないエレノアに城の教師たちはあきれ返ったほどだ。でも、呆れながらも丁寧に教えてくれた。教師たちはときに厳しかったが、公爵邸にいるときよりもずっと心が休まったし、何より一人の人として扱ってもらえたことが嬉しくて、新しいことを知るのはすごく楽しかった。


 妖精の基準が人と違うのならば、たくさん新しいことを知れるはずだ。


 だが、サーシャロッドはエレノアの頭を撫でるのをやめて、微苦笑を浮かべた。


「あれが教えるのは勉学などではないぞ」


「そうなんですか?」


 エレノアははだけた服の胸元をおさえながら上体を起こすと、ベッドの上に正座する。


 薄ピンクの愛らしい帯は、床の上に投げられていた。あとで拾って、服と一緒に皺にならないように畳んでおこう。


 ベッドの淵に腰かけていたサーシャロッドがベッドに乗り上げて、エレノアの肩を引き寄せた。


「あれが教えるのは作法だ。お前がやりたいのならば止はしないが、つらくなったら言えよ」


「はい」


 エレノアが素直に頷くと、サーシャロッドがそっと唇を重ねてくる。


 キスをするときは目を閉じるものだと教えられたので、エレノアがぎゅうっと目を閉じれば、重ねた唇越しに小さな笑い声が聞こえた。


「もう少し肩の力を抜いてほしいのだがな」


 そんなことを言われても、緊張してそれどころではない。


 サーシャロッドはエレノアを膝の上に抱え上げると、角度を変えては何度も唇を啄む。


「花嫁修業もいいが、私はこちらの練習の方がしたいんだがな」


 そう言いながら、サーシャロッドがいつもより長いキスをするので、ようやく唇を離してもらえたころには、エレノアは酸欠状態になってしまったいた。

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