妖精の不思議な鏡

1

 月の宮に住む妖精たちにも、いろいろな妖精がいる。


 野山に住むもの、湖に住むもの、火山に住むもの、洞窟に住むもの――、性格もまちまちで、陽気で悪戯好きが多いけれど、中には臆病であったり、怒りっぽかったり、泣き虫であったりと、これも様々。


 月の宮の、月の神が住まう宮殿によく出入りしている妖精は、野原に住む妖精がほとんどだが、それは、彼らが月の宮殿の庭を住処にしているからである。


 基本的にはそれぞれがみなふらふらと好き勝手に生活していることが多いが、しかしながら皆が皆好き放題していては統率も取れない。


 だから昔から、彼ら妖精の中には「翁」と呼ばれる長老が、緊急時の統率者として存在していた。


 さて、その翁である。


 月の宮で一番大きな火山の麓にある洞窟をねぐらにしている翁の家には、不思議な力を持ったものがたくさんある。


 例えば、どこでも見たい場所を見ることができる虫メガネ。過去を見ることができる不思議な鏡。噛んでいる間、顔の色が七色になるガムに、吹けば誰もが踊り出す魔法のフルート。


 翁は妖精たちの統率者でありながら、根っからの研究者だ。それらのアイテムは、翁が作り出した特殊なものばかりである。


 翁は棚に並んだ研究の成果を満足そうに見やって、長くてふさふさした真っ白いひげを撫でた。――そのとき。


「おきなああああ―――!」


「あそびにきたよー!」


「みてみてー、これ、えれのあの手作りくっきー!」


「おきなのところに行くっていったらおみやげでくれたのー!」


 突然、月の宮の庭に住む妖精たちがわらわらと部屋の中に入ってきて、翁はやれやれと白い眉を下げた。


「お前たちはいつも元気じゃのぅ」


「げんきー!」


「えれのあがたくさんおかし作ってくれるから!」


「えれのあはさーしゃさまのおくさまー」


「ふわふわしててとってもきれいー」


 翁は髭を撫でながら頷く。


「あの娘の魂は確かにきれいじゃな」


「うん。だからえれのあのおかしはとてもおいしいのー」


「りーふぁのおかしもおいしいけど、えれのあのはもっとやさしいー」


「おきなもたべてみてー」


 妖精たちからクッキーの包みを渡されて、翁は椅子にちょこんと座ると、包みのリボンをほどく。


 中にはドライフルーツやナッツが混ぜ込まれたクッキーが入っていた。


 翁はクルミ入りのクッキーを一枚手に取ると、さくりと噛んで、その優しい味に頬を緩める。


「たしかに優しいのぅ」


「でしょー?」


「さーしゃさまも、えれのあの作るおかしがだいすきだってー」


「さーしゃさまとえれのあ、とってもなかよしー」


「らぶらぶ」


「らぶらぶぅー」


「ねー?」


 大好きなエレノアのお菓子を褒められて嬉しいのか、妖精たちが手を取り合って宙でくるくる回りながらダンスを踊りはじめる。


 翁はクッキーを飲み込むと、きゃいきゃいと楽しそうな妖精たちに苦笑する。


「大好きならよいわ。あの娘は可哀そうな娘じゃからな、悪戯はほどほどに、ちゃんと優しくしてやるんじゃよ?」


「いたずらしてないよー」


「このまえのめろんは、えれのあのためー」


「らぶらぶするのー」


「めろんおいしかったー」


「らぶらぶしたからとってもあまかったのー」


「ねーねー、おきな、えれのあがかわいそうってどうしてー?」


 一人が最後にそう訊ねると、妖精たちはいっせいに翁に視線を向けた。


「えれのあ、かわいそうなのー?」


「どうしてー?」


「さーしゃさまとらぶらぶだよー?」


「さーしゃさま、えれのあがだいすきだもん」


「ぼくたちもだいすきー」


「だからかわいそうじゃないよー」


 ぶーぶーとあちこちから不満の声が上がって、翁は二枚目のクッキーを口に運びながら、やれやれと肩を落とす。


「いまではなくて、ここに来る前の話じゃよ」


「ここにくるまえー?」


「えれのあ、かわいそうだったのー?」


「どうしてー?」


「いろいろあったんじゃ」


「いろいろってー?」


「いろいろは、いろいろじゃ」


 妖精たちは顔を見合わせて、首をひねる。


「えれのあ、かわいそう?」


「ここにくるまえ、いろいろあったの?」


「たくさんないた?」


「えれのあ、ないた?」


 妖精たちは翁をそっちのけで、円陣を組むと何やら話し合いをはじめた。


 彼らの行動がいつも意味不明なのはわかっているので、翁は気にせずにクッキーを食べ、喉が渇いたので席を立った。ミルクを取りに奥へと向かう。


 そして、翁が部屋に戻って来たとき、野原の妖精たちは姿を消していた。

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