6

 サーシャロッドが皿を持っていなくなると、エレノアはソファにすわったまま、話しかけてくる妖精たちの相手をしていた。


 妖精たちは気さくで、人とあまり話すことがなかったエレノアのつたない会話も真剣に聞いてくれる。


「じゃあ、えれのあは、お花が好き?」


「どんなお花? ぴんく? きいろ?」


「しろにあかに、おれんじにむらさき」


「あおに、なないろもあるよー」


「ちいさいの、おおきいの。ちゅうくらいのに」


「花びらがちょっとと、たくさん、かおりも大切!」


「ねー、どれー?」


 妖精たちが歌うように言いあいながら、ぽんぽんと次から次へと花を生み出していく。


 エレノアはあっという間に花に埋もれてしまって、このままだったたら天井まで花であふれてしまうと慌てていたとき、くすくすくすと軽やかな笑い声が聞こえてきた。


 花を生み出すだけでは飽き足らず、エレノアの赤みがかった金髪にぶすぶすと花を挿して遊んでいた妖精たちが、いっせいに顔をあげた。


 部屋の入口に、黒髪に黒い瞳の、すらりと背の高い美女が立っていた。


「あー、りんりんだぁ」


「りんりん遊びにきたのぉ?」


「いまね、えれのあにお花をぷれぜんとしていたところー」


「えれのあ、お花のおひめさまみたい」


「こんどはもっとおおきいお花をあげるの」


「ねー?」


「そーぉれ!」


 ポンッと音がして、エレノアの部屋に突然、エレノアの背丈よりも大きな花が出現した。


「できたー!」


「お花のべっどー」


「これでさーしゃさまともらぶらぶぅ」


「さーしゃさま、きっとほめてくれるねー」


 うふふふふと妖精たちが笑い合えば、りんりんと呼ばれた美女が「ベッドは二つもいらないわよー」と笑いながら部屋に入ってくる。


 きょとんとしているエレノアのそばにやってくると、彼女は腰を折って一礼した。


「はじめまして、エレノア様。わたくしはリーファと申します。サーシャロッド様よりエレノア様の身の回りの世話を頼まれましたの。これからどうぞよろしくお願いしますね」


 エレノア様、と呼ばれてエレノアが反応できずにいると、妖精たちがわらわらと二人を取り囲んだ。


「りんりんはね、ここでくらしている人間の女の子なのー」


「十年前にさーしゃさまがつれてきたー」


「ふぁおいっしょにくらしてるのー」


「ふたりはらぶらぶなんだよぉ」


「ふぁおとりんりんはふうふなんだってー」


「ねー?」


「やあね、わたくしはもう女の子なんて年じゃないわよ」


 リーファは笑って、妖精たちの情報に補足をくれる。


「この子たちが言う通り、わたくしは十年前にサーシャロッド様に拾っていただきましたの。夫――ラーファオと駆け落ちをして、諦めて心中しようとしていたところへサーシャロッド様がいらっしゃって、死ぬくらいなら私のところで働けとここへ。以来、この宮でお世話になっていましたのよ」


 妖精たちはこの国には人が少ないと言っていたが、その数少ない人のうちの二人がリーファ夫妻のようだ。


 しかし、だからといって、どうしてリーファがエレノアの世話をするのかがわからない。誰かに世話を焼いてもらえるほど、エレノアは偉くないのに。


 困惑していると、リーファがエレノアの髪に絡みついた花を丁寧に外していきながら答えてくれた。


「サーシャロッド様が、嫁の世話を頼むと。身の回りのお世話をする人間がいないと大変だし、同性の話し相手がいた方が安心できるだろうって言われましたの」


「嫁……」


 エレノアは口の中でつぶやいて、視線を落とした。実感は全然ないが、その単語はひどく照れ臭い。「王子の婚約者」と呼ばれても照れ臭いなどと感じたことはなかったのに不思議だった。


 リーファは妖精たちに、散らかした花を片付けるように言ってから、髪から引き抜いた一輪のマーガレットをエレノアに手渡した。


「ですから、わたくしのことはどうぞリーファと。困ったことがあったら何でもおっしゃってくださいね」


 エレノアはマーガレットの可憐な花を見つめて、そして、「ありがとうございます」と小さくつぶやく。


(やさしい……)


 どうしてこんなに優しくされるのかはわからないが、エレノアは悲しくないのに泣きたいような、不思議な感情を覚えたのだった。

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