名もなきギャンブラーの矜持
時は一八一二年。場所はロンドン。
街の一角にて、ギャンブラー同士の大勝負がおこなわれていた。
片方のギャンブラーが大勝し、勝負あったかと思いきや、大負けしていたギャンブラーが提案をした。
「どうだろうか。俺の着ている服を賭けるから、もう一勝負してくれないか?」
「よし、いいだろう。ただし、負けたら本当に着ている服をもらうからな」
そう言って、もう一勝負がおこなわれたが、結果は大勝しているギャンブラーの勝利。そして負けたギャンブラーの服は脱がされ、パンツ一枚にされてしまった。
ここで普通なら勝負は終わるものだが、負けているギャンブラーは違った。
「なあ、もう一勝負いかないか?」
「もう一勝負と言ったって、君はもう賭けるものがないだろう?」
苦笑する相手に向かって、負けているギャンブラーは不敵な笑みを浮かべて言った。
「あるさ。俺の命を賭けよう。その代わり、俺が勝ったら、今まで負けていた分を全てチャラにしてもらうぜ」
「よし、いいだろう。しかし、君が負けたら間違いなく命をもらうぞ?」
「当然だ。俺もギャンブラーの端くれだ。負けた分は必ず支払うさ」
ということで、命を賭けた勝負が始まった。
しかし、流れは完全に勝っているギャンブラーの方にあった。
勝負はあっという間に決着がつき、命を賭けたギャンブラーは完膚なきまでに敗北した。
「さて、それでは払ってもらうといたしましょうか。君の、命をね」
ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべる勝者。どうせ命乞いでもするだろうとタカをくくっているのだ。だが、次の瞬間、
「ああ、わかった。命を支払ってやるさ」
と、負けたギャンブラーは、さあ殺せと勝者に詰め寄った。
これには勝者も困った。
こいつ、どうやら本気のようだが、ここでこいつを殺してしまえば、罪に問われるのは自分だ。さて、いったいどうしたものか。
少しの間考えた後、勝者は言った。
「じゃあ、首でも吊ってもらうとしようか」
さすがにこう言えば引いてくれるだろう。そう思ったのだが、それを聞いた負けたギャンブラーは、
「よし、わかった。そうさせてもらうことにしよう」
と、なんら怯えた様子もなく、さも当然のように首を吊る用意をしはじめたではないか。
さしもの勝者もこれには呆れ、好きなようにさせていると首吊りの準備を終えた負けたギャンブラーは笑顔で言った。
「さあ、これで負け分は払ったぜ」
そうして台から飛び降りる負けたギャンブラー。それを見ていた他の客が、慌てて縄を切って負けたギャンブラーを救出した。
「おい、あんた大丈夫か?」
問いかけてくる客に、負けたギャンブラーは感謝の意を示すどころか、思いっきりぶん殴ってこう言った。
「なんてことをしやがる!! 俺は負け分は絶対に払うと決めてあるんだ!!」
そして近くの橋で飛び込み自殺をして、負け分を支払ったそうだ。なんというか、その鉄のような意志を他のことに向けろよと言いたい一例である。
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