第2話 証明


「と、とにかく、本当のことだから! 私も、つい最近まで忘れていたんだけど、一週間前に前世の記憶と力を取り戻したの! 自分でも滅茶苦茶なこと言ってるのは分かるけど、信じて!」

「いや、静の言うことを信じてやりたいのはやまやまなんだが、流石にそれを信じるとなると19年かけて培った俺の常識を捨て去らなきゃならんからな......」


 こうべを前に垂れ、俺は両手で頭を抱える。

 そして、ふと思いつき言った。

 

「じゃあ......目に見える証拠とかないのか? とは言っても、前世の記憶なんて証明しようがねぇし......その力? とかいうのに目覚めたんなら、それを見せてくれれば俺も納得できると思うんだが......」

「うーん......じゃあ、あれ」


 顎に手を当て、しばらく悩む様なそぶりを見せた後、静は正面を指差した。

 その先にあるのは白い円形のテーブルと2組の椅子。

 プラスチック製のテーブルが太陽の光を反射して、安っぽい光を放っている。


「腕相撲しよう」

「え?」


 突拍子のない静の一言に、俺は思わず声を上げた。


「今の私の体は、取り戻した魔力によって強化されているの。単純な力なら成人男性20人と綱引きをしたって負けないはず」

「はぁ......」


 静はベンチから立ち上がると、テーブルの方の椅子に座った。

 遅れて俺も椅子にかける。

 まさか、乗ってくるとは......というか、これまだ続くのか?

 俺は、眉をひそめて、静の顔を見た。

 正直、俺は静の言うことを信じていない。

 そりゃあそうだろう。いくら最愛の人とはいえ、こんな非現実的な話を信じられるわけがない。むしろ、ここで相手を信じてしまうような奴は、カモにされる才能があるから気をつけろ!

 とはいえ、最近静に何かがあったのは、確かだとも思っている。

 たとえジョークでも静は、こんな突拍子もないことを言い出す人間じゃないし、ただの嘘でここまで引き下がってくるというのはいくらなんでも妙だ。

 それに、目の前の静の様子を見る限り、嘘をついているとは思えない。

 もちろん、俺は心理学者ではないため、そこまで他人の嘘をはっきりと見抜けるわけではないし、仮に静に嘘をついている自覚がないとしたら、それはそれでより事態が深刻な方に進んでしまっているような気もするが、とにかく、普段の静からは考えられない言動をしてしまうような、何かがあったのは間違いないだろう。

 

「じゃあ、始めっよか。タイミングは、そっちの好きにしていいから」  

「あ、ああ.......」


 静の言葉に俺は、我に返り、差し出された右手を握った。

 右の腕の肘をテーブルにつけて固定する。

 静は、頭だけでなく、絵や歌も上手いが、運動関係だけはからっきしだ。

 俺も特別、腕力に自信があるわけではないが、女子に負けるほどもやしというわけでもない。

 これで、俺が勝てば、静も気が済むだろうか。

 小さく嘆息する。

 そして、二本の腕が立つテーブルの真ん中に視線を戻し、勝負の開始を宣言した。


「じゃあ、いくぞ。3、2、1──────」


 スタート──────と言うと同時に右腕に力を入れる。

 その瞬間──────

 バキィ! となにかが割れる様な衝撃音が耳に入ってきた。

 俺は音のした方に目を向ける。すぐには目の前の光景を理解することができなかった。

 俺の右腕がテーブルに押し付けられ、その衝撃によってテーブルに大きな亀裂が生じていた。

 瞬く間に亀裂は広がっていき、テーブルが崩れ去る。

 数瞬遅れて、キャンパスに絶叫が響き渡った。




「腕相撲で上腕骨や手首の骨を折る人は、たまにいるけど、テーブルに打ち付けた手の甲を打撲するっていうのは、珍しいねぇ」

「はは......すみません」


 引きつった笑みを顔に浮かべながら、俺は、目の前の医者に頭を下げる。

 

「まぁ、若者らしいと言えばらしいけど、もう大学生なんだから少しは落ち着きを持って行動しないとダメだよ」 

「き、気を付けます......」


 そう言って、俺はもう一度頭を下げた。

 おそらく、この医者は勘違いをしている。

 きっと、俺が大学生特有のはしゃぎ過ぎた飲み会のノリで腕相撲をし、怪我をしたとでも思っているのだろう。だが、俺の怪我の原因を作ったのは、テンションを上げ過ぎたパーティ・ピープルでも筋力を持て余した体育会系男子でもない。

 俺の後ろで申し訳なさそうに突っ立っている色白で細身の女の子だ。




「しっかし、さっきは焦ったなー」


 診察が終わり、俺たちは病院の廊下を歩いていた。

 ガーゼと包帯に包まれた右手を見つめながら、俺は、つい1時間ほど前のできごとを思い出す。

 あの後、あまりの痛みと衝撃に、右手を抑えたまま、年甲斐もなくのたうちまわるハメになったが、なんとか静に近くの病院に連れてってもらい事なきを得た。

 というか、テーブルが脆いプラスティック製だったからよかったものの、もっと丈夫な木製とかだったら、打撲どころか骨折──────最悪手の骨が粉々に砕けてたんじゃねぇか?

 そんな想像が頭をよぎり、背筋に悪寒が走る。


「ご、ごめんね達也......」


 後ろから声をかけられ振り向くと、静がバツの悪そうに俯いていた。


「ん......あ、ああ。別にいいって。打撲っつても、大して日常生活に影響もない軽度のものらしいし」


 言いながら、俺は長袖のブラウスから僅かに除く、静の両腕に目を向けた。

 まさか、こんなか細い腕にあれだけの力が秘められているとは......ということは、静の言ってることは本当だったのか?

 流石にまだ全てを信じ切れたわけではないが、あんなことがあった後では、ある程度は認めざる負えない。

 

「そ、その......私のこと嫌いになった?」


 顔をしかめて考え込んでいると、歯切れの悪い声で静が聞いていた。


「え? なんで?」


 顔を上げ、逆に静に問い返す。


「だって......普通の女の子はこんな力持ってないし.......き、気味悪いかなって......」


 視線を下に落とし、静は呟くように言った。

 静の白い頬が僅かに赤く染まっている。 

 大きな目に涙が溜まっていくのが見えた。 


「そ、そんなわけないだろう! 愛しているに決まっている!」


 俺は、静に歩み寄り、力強く抱きしめた。

 

「も、もう......こんなところで! バカ♡」


 静はさらに顔を赤らめ、そう言ったが、やがて体に腕を回し、抱きしめ返してきた。

 たまたま廊下を通りかかってきた看護師が、白い眼で見てきたが、そんなことは気にならなかった。

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