つばめのしっぽ

はづきてる

1

 私には嫌いなものが多い。

 給食のシチューに入っているグリンピースが嫌い。体育の授業で威張り散らしてる先生が嫌い。しょうもないテレビ番組も、それを見てゲラゲラ笑っている父親も。それで機嫌悪くなる私も嫌い。

 それに、あの教室から見える夕焼けも。あまりにきれいで、すべてが夢みたいに思えてくる。その夕焼けを写したみたいな明るい髪を持つ美貴も、本当のところ嫌い。

 唯一の同小の三人だからといって、別のグループからわざわざこっちに来なくてもいいと思う。


つばめのしっぽよどこへ行く

その身ひとつでどこへ行く

からだもはねもすべてを置いて

つばめのしっぽよどこへ行く


 「……何、それ」

 椅子に座って絵を描いていた優希は、窓際で夕焼けを見ていた私に向かって訊ねる。

 「んー、分かんない。忘れちゃった」

 ろくに考えもしないで、つぶやいたその中身ごと忘れた。

 「でもそれ、私も聞いたことある気がするな」

 もう使われなくなった教壇に座っていた美貴が続ける。

 「確か、続きがあったよね」

 生返事をして優希の方に向かう。優希は視線を絵に戻してまた描いている。描いてるのは……この教室か。背景の練習かな。

 一方の美貴はまだ考えながら教室を歩き回っていた。

 「んー、と……なんだったっけな」

 「まあいいじゃない。それより、知ってる?ここ、もう取り壊されるんだって」

 「ほんとに?もう壊すなんて早いね」

 「私たちが卒業してからまだ一年しかたってないのに……なんだか、寂しいな」

 「なんか、新しい住宅街になるって聞いたわ」

 「まじ?そんなにこの町っていいところだと思わないんだけれど」

 ついあきれ声が出た。

 「そもそも小学校が廃校になったっていうのに。誰が来るの、そんな町に」

 「まあまあ。むしろ家を作るために廃校にしたのかもしれないし。それよりも、いつ?工事」

 「えーっと……確か冬とかだった、ような気が」

 「はっきりしないわね」

 優希はペンを置いて、深い溜息をついた。どうやら今日はもう集中できないと思ったのだろう。

 「とにかく。そろそろ帰りましょう。日も落ちてきたし」

 日も落ちてきたで思いだした。今日はまだ見ていない。

 「ちょっと待って……もう少し」

 「亜紀は昔からずっとここから夕焼けを見てるよね。何かあるの」

 美貴からの質問には返事を返さず、じっと窓の外を見る。

 「……今日も聞けずじまい。いったいいつになったら理由が聞けるのやら」

 「案外、理由なんてないんじゃないかしら」

 振り返って、待っていた二人を追い越す。

 「お待たせ。さ、帰ろう」


夕焼けも、美貴も嫌い。

 それを嫌いな私は、もっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る