第4話 姉と弟

 オレが産まれた国は王政国家だった。


 過去にはまともな王もいたらしいが代を重ねるごとに堕落していき、オレが物心つく頃に王座についていた人間は利を貪る暴君だった。


 そんな暴君に民衆が不満を抱くのは当然で、オレのオヤジの呼びかけでレジスタンスのような組織が結成された。


 国側はそれを見逃すはずはなく、王国対レジスタンスの戦いは激化の一途をたどった。そうなるとオレや姉貴も前線で戦うことを余儀なくされた。


 ガキにとっての親の言うことは絶対で、オレは自分のやっている行動に特に疑問を持つことなく淡々と作業をこなしていった。


 自分たちが作り上げていく死体の山を見て決していいい気分はしなかったが、それはそういうものなのだとどこかで割り切っていた。


 そんな戦いの日々はあることを切っ掛けにあっさりと終りを迎えた。


 レジスタンスが王を討った……となればよかったんだが現実はそんなにうまくいくもんじゃない。


 終わりの原因はトップであるオヤジが王国が雇った兵の凶弾に倒れたことだ。統率の失った隊の人間たちは次々と命を落とした。最終的に生き残った数十名は降伏という手段を余儀なくされた……


 降伏したオレたちは拘束され、よくわからない施設に運ばれた。


 材質も知らないクリーンで硬質な壁に覆われた内装。知識の乏しかったガキのオレでもそれが“清潔”というものだということはすぐに理解できた。粗末な造りの埃っぽい荒屋しか知らなかったオレにとっては、そこはまさに異界だった。


 驚きはさらに続く。


 オレたちにはそれぞれ生活用の部屋が与えられ、朝昼晩にきっちりとバランスの取れた食事が用意された。食事以外の時間は読み書きをはじめとした座学を教わったり、適度に体を動かしたりしたりするカリキュラムが組まれたのだ。 


 王に逆らった人間は処刑される――というのがオレの知っている常識だった。なのにこの待遇は何だ?


 環境で言えばその場所はオレたちがこれまで生活していた場所とは天と地の差。そんな場所に住まわせてくれるってのは信じがたい事実だった。


 奴らの目的はわからなかったが、3日も経てばそんなことはどうでもよくなって、ここでの生活に順応していった。


 普通の生活が3ヶ月ほど経った頃には、オレの体は年相応の男らしい体つきになっていた。痩せ型の体型だったのがウソのようだ。


 しかし……


 このことは奴らの計画のうちの一つに過ぎなかったのだ。


 …………


 その日、オレたちは健康診断を受けた。それ自体は定期的に行われていたので何も疑わなかった。


 だが、後になって思えばその時の施設の様子は明らかにおかしかった。いつもより物々しい雰囲気が漂い、人の数も多かった。結果的に何が起きたかと言うと、診断を受けた奴が次々と意識を失っていった。オレもその中の一人だった。


 次に目覚めたとき、オレは死体の山の中にいた。


 オレが起き上がると、近くにいた白衣姿の男が慌てたように部屋を飛び出していき、すぐに大勢を引き連れて戻ってきた。


 何が起きたのか理解できなかった。それはオレを奇異の目で見つめる人間たちも同じだったようだ。


 集団の中にいた黒髪の赤いワンピースの女がオレに近づいてきた。


 細い目の女は下卑た笑みを浮かべ「ククク……」と声を漏らし、


「成功だ――!!」


 と声を発した。


 その後死体の山の中にいたオレの姉貴ともうひとりの少女「アイ」が目を覚ました。最終的にその3人だけが目を覚まし、残りの奴らは目覚めることはなかった。


 …………


 オレたち全員がどこかの研究室に売られたのだと知ったのはあとになってからの話だ。


 そこでは『アセンブル』って薬の研究開発が行われていて、レジスタンスに所属していたオレたちは体のいいモルモットにされたわけだ。


 しかし、その日の糧を得るのにも必至だったオレたちはいわゆる健康体ではなかった。


 そんなオレたちを実験台にしたところでまともな結果が取れるわけない。だから最初に餌を与え実験に耐えうるだけの体を作った。


 そして、頃合いを見て診断に乗じてアセンブルを投与された。投与された全員が心肺停止に陥り全員が死んでしまったものと判断されたのだが、危うく処分されるというタイミングでオレは目覚めた。蘇ったのだ。


 そして続くようにして姉貴とアイの2人も目を覚ましたってわけだ。


 だが、生き返ったねおめでとうとはいかなかった。


 オレたち3人はそれぞれ『アセンブル』の後遺症を抱えることになった。


 姉貴は人格が分裂して外見は歳を取らないようになった。さらには先の長くない身となった。その後の検査でアセンブルを摂取し続けることで多少延命が可能だということがわかり、クスリが手放せない生活を送る羽目になった。その代わりと言ってはなんだが、姉貴は物凄い身体能力を手に入れた。


 オレは子どもを作れない体になった。いわゆる種無しってやつだ。さらに視力に異常が発生し、晴れの日なんかは太陽光が目に痛く、特殊なグラサンが手放せなくなった。


 アイも姉貴のように外見が歳を重ねても変わらない身体になっていた。それ以外の詳しいことについてはよく知らない。理由は、オレたちが目覚めた後しばらくしてアイだけどこか別のとこに行っちまったからだ。


 今もどこかで生きているのか、それとも死んじまってるのか……それすらも不明だ。


 その後もしばらくはオレと姉貴は研究所内で生活していた。抵抗することはできなかった。なぜなら姉貴にはアセンブルが必要だったから。


 反抗して2人で施設を逃げ出したとしても、アセンブルがなければ姉貴はすぐにでも死んでしまうかも知れないという懸念があった。だからできなかった。完全に生殺与奪権を握られていた。


 しかし、奇跡は起きた――


 その奇跡ってのは簡単に言えば助けが来たってこと。


 元々はオレたちを助けに来たってわけじゃなく、別の目的があってこの研究所に来たらしいが、そこにたまたまオレたちがいて保護された。


 ちなみにオレを助けてくれた組織を率いていた人物が、今オレと姉貴の親代わりをしてくれているオヤジってわけだ。


 オヤジたちはレイヴンズって組織を追いかけていてこの研究所に行き当たったらしかったが、肝心のレイヴンズの人間はここにはいなかったとのことだった。


 …………


 オヤジの保護を受けることになったオレたちは、予定調和のようにオヤジの仕事を手伝うようになっていた。


 オレも姉貴も反王政の組織にいただけに戦うことには慣れていて、加えて姉貴には人知を超えた身体能力が備わっているのだから、その腕は高く買われた。


 んでもって、オヤジと一緒にレイヴンズを追っているうちにここ上納市へとたどり着いたってわけだ……

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