017.憂い

スピーカーの壊れたテレビの

そののっぺりとした画面に

腹話術のようにぱくぱくと口を動かす人々が

せっせと国を憂いている


どうしても心には届かないその憂いの中に

僕は何か背徳感を覚えながら

もちろんそこに背理の悦びなんてものはないけれど

そんなことを説明しなければならないくらいに人と人の心は離れてしまって

何故かしらクレムリンとシベリアとを想起してしまうのです


彼の人は愛を叫び

此の人は憎悪を垂れ流し

表裏一体のそれとは知らずに諍いを起こし

いがいがとした情報の細菌が僕の食道に傷をつけていく


こんなときにあなたがいて良かったとそう思えるのは

人の心が人の心として動いていることを再確認させてくれるからで

舗道を見ながら歩く人々とはもう離れていってしまうけれど

それがさだめられたことであるのならばもう受け入れるしかないし

絶対ということがもうあり得ないことは分かっているから

今夜はもう一人きりのベッドの中でただただテレビを見つめ続けるのです




※平成29年7月6日初出

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る