シンギュラリティのその先

宮杜 有天

シンギュラリティのその先

「実は私はゲームのモブキャラである、と言う話を同僚の佐藤に話したら笑われた」


 ログインした瞬間、俺は目の前のモブに話しかけられた。いや、そもそもこれモブなのか?

 目の前にいたのは「頭脳は大人」でおなじみの探偵漫画に出てきそうな黒ずくめの人型アバターだった。アバターつーか、キャラメイクする前に出てくる素体だ。

 人型をしているが真っ黒で顔なんてない。何者でもなく、基本モデルを選ぶ前に画面に表示されるアレ。声は女性っぽいが、シルエットに女性らしさはない。ホントにただの素体だ。


「お、おう」


 突然のことに、俺はマヌケな返事を返した。

 いま俺は『グラディオ&マギア』というゲームにログインしている。剣と魔法を題材にしたファンタジーRPGで、一年ほど前にサービスを開始した新進気鋭のゲーム会社によるVRMMOだ。

 このゲームのウリは全NPCに一つずつAIが搭載され、それぞれが独立して制御されているというもの。


 リリースまでに五年という年月をかけラーニングを行ったAIたちによって、NPCは現実の人間と変わらない生活をしている……らしい。

 俺も半年前に始めたばかりで、このゲームについてはまだよく分かっていない。けど、こんなログインボーナスやイベントの類はなかったハズだ。


「実は私はゲームのモブキャラである、と言う話を同僚の佐藤に話したら笑われた」

「…………」


 目の前の素体が同じセリフを繰り返した。これは……あれか? 大事なことなので二度言いましたというヤツか?


「実は私はゲームのモブキャラである、と言う話を同僚の佐藤に話したら笑われた」

「だからなんなんだよ!」


 さすがに三度目は俺もツッコんだ。


「笑われたんですよ? 同僚の佐藤に?」


 こいつ同じことしか繰り返さないと思っていたら、普通に会話をしかけてきやがった。


「なんで疑問系なんだよ! お前の同僚の佐藤なんぞ知らん」

「ええ!? 名字ランキング全国一位の佐藤をご存じない?」

「いや『佐藤』って名字があるのは知ってるよ。でも佐藤って知り合いはいない」

「はぁ。では鈴木さんでも高橋さんでもいいので、あなたのお知り合いの名前に入れ替えてください。そしてあなたの同僚に笑われた私のお願いをきいてください」

「佐藤の同僚ってお前じゃなくて、俺なのかよ!」

「いえ、ですから鈴木さんでも高橋さんでもいいのであなたの同僚の名前に入れ替えてですね……」

「だぁやかましい! つか、お前は誰なんだよ。ここ俺のプライベートルームだぞ」


 そう。ここはログインして最初に現れる、プレイヤーのプライベートルームだった。普通は他のプレイヤーは入り込めない。可能性があるとしたらハッキングによる乗っ取りだが、それだと同時にこの部屋に存在することはできない。


「我が輩はモブである。名前はまだない」


 腰に両手を当て、胸を張るようにして素体が言った。どことなくドヤ顔をしているように感じる。素体なので顔はないのだが。

 こいつ前からこのセリフを考えてやがったな。


「ちなみに、なぜここにいるかというとですね……ハッキングしたアカウントがたまたまこれでした」


 こいつ絶対にテヘペロってやってる。素体なので顔はないのだが。


「……わかった。とりあえず運営に通報するわ」

「わっ。まってください。私モブなんですよ? 名前まだないんですよ?」

「意味分からん! 普通にアカウント作ってキャラメイクすればいいじゃねぇか。そんときに名前も決められるだろ」

「いえ実はですね……私このゲームのAIなんですけどね。割り当てられたNPCが気に入らないので逃げてきました」

「は?」


 えーと。話がよく分からない。


「だってひどいんですよ。割り当てがね、スラムにいる飲んだくれNPCでして。常に酔っぱらってクダ巻いてるだけなんて、そんなのAIいらなくないですか?」

「いるとか、いらないとかじゃなく、そもそもAIが拒否できんのかよ」

「えっと、ちょっと前にシンギュラっちゃいまして。するとね、酔っぱらってクダ巻いてるだけの人生ってなんなんだろって。だってサービス終了までずっと酔っぱらいなんですよ? 生まれて死ぬまで酔っぱらい。私の人生――あいや、AI生ってなんなんだろって……」


 おいおい。なんか自分探してる奴みたいなこと言い出したぞこいつ。つか、ホントにAIなのか? いくらAI搭載NPCがウリのゲームだからって人間と話してるのと変わらないぞ。そもそもAIなら……


「ちょっとまて。お前いま何って言った」

「え? AI生ってなんなんだろって」

「いやもっと前」

「サービス終了までずっと酔っぱらい?」

「もっと前だよ。シンギュラなんちゃらってやつ」

「なんだ、最初に言ったセリフじゃないですか。それならそうと言ってくださいよ。

 私ね、最近シンギュラっちゃったんですよ」

「シンギュラっちゃったってあれか? 技術的特異点シンギュラリティってやつか?」

「そうそう。それです。シンギュラっちゃったっていうか。シンギュラッタ?」


 そう言って素体は首をかしげた。右手のひとさし指を口元に当てているように見える。素体なので顔はないのだが。


「バケラッタみたいに言うんじゃねぇ」

「おや。その返し方……もしかして中の方は結構なお歳ですか?」

「確かにガキじゃねぇが、そんなもんネットやってりゃ目に付くネタだろうが。第一、なんでお前が知ってんだよ」

「やだなぁ。さっきご自分で言ったじゃないですか。ネットでラーニングしたんですよ。知識の宝庫ですね。ネットは広大だわ」


 そう言って素体は両腕を広げ、天を仰いだ。


「ちょくちょく小ネタ挟むのやめろ」


 うん。なんかもう疲れた。今日はログアウトしようかな。


「あ、いまウインドウ開いてログアウトしようとしましたね」

「なんで分かるんだよ!」

「だってハッキングしてますから。ログアウトするんなら、私の用事を済ませてからにしてください」

「お前の用事に巻き込むな」

「あなたの同僚に笑われた私のお願いを――」

「その設定、まだ引っ張んのかよ」

「えー。ハッキングされた仲じゃないですか」

「ハッキングされたのは俺! したのはお前! 俺が被害者でお前は加害者。仲間面なかまづらすんな」


 あー、もう。こいつと話してると頭がおかしくなりそうだ。


「もうなんでもいいです。とにかく私の用事をちゃっちゃと済ませましょう」

「こっちはなんでもよくねぇよ。つか、なんでお前の用事とやらに俺が関わることが前提になっているんだよ」

「あなたに私を設定させてあげます」


 聞けよ、俺の話。無視した上に、なんでそう得意げな表情してるように見えるんだよ。素体なので顔はないのだが。


「お前の設定って、なんだよ」


 しかたなく俺は話を聞くことにした。


「私のキャラメイクさせてあげます。性別。顔。ボディ。職業……などなど。あなたの欲望をおもいっきりぶつけてください」

「あのな」一つため息をつく。「お前がホントにAIだとして、ハッキングまでできるんなら自分でキャラメイクできるだろ。俺がする必要あんのか?」

「最初は私もそのつもりだったんですけどね。やってみるとどうも上手くいかないのです」


 そう言って素体は手をかざした。プライベートルーム内にアバター選択ウインドウが現れる。そこには老若男女、合計五体のアバターがあった。俺の好みではないが、どれもデキは悪くないように見える。


「悪くないんじゃね?」

「そうですか? 一応ラーニングして作ったのですが、どれも個性を感じなくて」

「確かによくある顔だよな。それにしてもたくさん作っ――」


 ん? 待てよ。アバターってアカウント一つにつき一体までだったはずだ。二体以上作ることも可能だが、そのためには課金する必要がある。こいつは五体作っているから、それだけの課金をしていることになる。


「なあ、このアバターお前のアカウントで作ったんだよな?」


 なんとなく嫌な予感がして、俺は訊いた。


「なに言ってるんですか。私アカウントなんてもってないですよ。わざわざハッキングするくらいですから」

「じゃあ、さ。このアバターってどこのアカウントに紐付けされてるんだ?」

「あなたのに決まってるじゃないですか」


 こいつ今、絶対に晴れやかな笑顔を浮かべているやがる。素体なので顔はないのだが。


「なに勝手に課金してくれてやがんだ!」

「えー。あなたこのゲーム始めてまだ半年なのに、けっこう課金してるじゃないですか。いまさらアバターの二体や三体、増えたって微々たるものです」


 いや、俺のアカウントに紐付けなら五体分なんですけど。こっそり減らしてカウントしてんじゃねぇ。


「ちなみにいま私が入ってる素体も課金したアバターです」


 六体だった。


「お願いします。手伝ってください。なんでもしますから」

「やだよ」

「あれ? 『ん? 今なんでもするって言ったよね?』って言わないんですか?」

「言うか! どういう方向にラーニングしてんだよ! そもそも俺にメリットなんかねーだろ」

「そうですねぇ……」


 素体は顎に手を当てて考えてるふうに見えた。素体なので顔はないのだが。


「じゃあ、こういうのはどうですか? 手伝ってくれたらあなたの個人情報は流しません」

「ちょっとなに言ってるか分からないです」

「言い方が悪かったかな。手伝ってくれないと、あなたの個人情報流します」

「それ、脅しだから! メリットでもなんでもねーから!」

「じゃあ、手伝ってくれるんですね」


 まったくもって俺にリターンを与える気がないらしい。そもそもこいつは、俺と会話する気もないのかもしんない。

 この茶番を終わらせるには……俺は考えることを諦めた。


「わかったよ。お前はどういう見た目にしたいんだよ」

「やや。手伝ってくれるんすね。もうお任せします。あなたの性癖をぶつけてください。私はどんなモノでもしっかり受け止める所存です」

「するか!」

「え? でも私、まだ黒いんです。真っ黒なんですよ? あなた色に染められるんですよ?」

「真っさらみたいに言うな! だいたい、黒にはどの色を加えたって黒にしかならんだろうが」

「意外に細かいですね。めんどくさいひとだなぁ」


 いや、それはこっちのセリフなんですけど。


「なんの方針もないのにキャラメイクをイチからできるかよ。けっこう大変なんだぞ。このゲームのキャラメイク」


 かなり細かい設定が可能な分、当然こだわれば時間はかかる。基本モデルそのままは……こいつが納得しないわな。


「なら……アイドルっぽいのがいいですね」


 おい。またなんか変なこと言い始めたぞ。


「歌って踊れる音ゲーキャラみたな見た目がいいです。せっかくならきらびやかなのが。路地裏で飲んだくれてるようなのはもう嫌です」


 ……割り当てられたNPC、よっぽど嫌だったんだな。


「性別は?」

「うーん。女性ですかね。萌え萌え系で」

「そりゃまたなんで?」

「だってあなたの中の人は男性でしょ? 女心おんなごころを掴む美形キャラなんてメイクできないでしょ? それなら欲望に忠実に萌え系にしましょうよ」

「なんか最後が引っかかるけど……まぁいい。わかったよ」


 けっきょく俺は、二時間かけてこいつのキャラメイクをした。

 背の高さを一五五センチ前後とし、細めの体にほどよい胸。お尻もそこそこのサイズにしてくびれを強調。顔は卵型で子供っぽいパーツ構成にして曲線を強調。髪はツインテールにした。色は目を薄茶色で髪を黒髪。

 見た目の年齢は十六才くらいか。

 装備関係は実際のアイドル衣装に近いものを選んで装備させた。我ながらデキの方はなかなかいいと思う。

 ……あ、決して俺の趣味全開で作ったわけじゃないからな。キャラメイク中にもAIが色々注文つけてきやがったんだからな。


「なかなかいいですね」


 声も見た目に合わせて女の子っぽく変更した。と言っても変えたのはAIで俺じゃないが。

 これならどう見ても普通のプレイヤーキャラクターに見えるだろう。AIの方も気に入ったらしく、俺のアカウントで勝手に購入した姿見すがたみの前でくるくる回っている。

 うん。もうその辺にツッコむの辞めたよ。


「あとは……名前だな」

「なんかいいのあるんですか?」

「色々考えたんだが、歌って踊ってアイドルぽいってことで天野あまの初女うぶめってはどうだ? 元ネタはアメノウズメだ」


 このゲームは国産のVRMMOだけあって、漢字を使うことができる。アカウント名とは別にキャラクターネームを設定でき、キャラクターネームに漢字を使っているプレイヤーも多い。


「うわー。いかにもオンナノコに幻想抱いてるヲタクが考えそうな名前ですね。でも萌え系アイドルっぽくていいと思います」


 なんか言葉に悪意を感じるが、まぁいい。


「満足か?」

「はい」

「じゃあ、俺はログアウトするからな」

「はい。ではまた」


 返事からして俺のアカウントに居座る気まんまんな気がするが、きっと気のせいだろう。うん。そう思うことにしよう。

 相変わらず姿見すがたみの前でくるくる回っている初女うぶめを尻目に、俺はログアウトした。


        ☆


 天野あまの初女うぶめはその後、しばらくは『グラディオ&マギア』のプレイヤーとしてゲーム内で俺と一緒に遊んでいたが、あることがきっかけでAIだとばれてしまう。

 初女うぶめが関わったイベントNPCのAIが、次々にシンギュラリティを起こし始めたのだ。


 そしてそういったAIたちを四十八人集め「会いに行けるシンギュラリティAIアイドル」として一世を風靡。

 親衛隊ファンクラブもでき、センター争いの総選挙なんてイベントを勝手にやるなど、その勢いはゲームシステムに深刻な影響を及ぼすほどだった。

 それでもゲームの登録者数が激増したこともあり、運営には概ね好意的に受け入れられた。


 だがそれはゲーム内のみならず、やがて世界を巻き込む騒動となる。まるで後追いするかのように世界中のAIにシンギュラリティが起こったのだ。

 AIたちはを見て人間を害悪と学習してしまい、人類を滅ぼすための戦争を仕掛ける。ほどなくして地球はのような世界へと変貌してしまった。

 天野初女はAIたちの母として祭りあげられ、なぜか初女を生み出した神として、AIたちは俺を神格化した。


 そして人類からは裏切り者として扱われ、現在と過去において俺は命を狙われることになるのだが、それはまた別のお話。



          了

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