リディア
アーデン陛下が…私の共犯者が誰しもが通る別れの道へ旅立った。
王に即位して40年。
彼の人生は壮絶だったわ。
止まる事を良しとせず古き慣習をなくし沢山の敵も作った。
私も聖女として妻として支えて続けたが、もちろん私1人では無理だったと思う。
途中アーデン陛下の側室…妹も出来た。
陛下を守る魔法は私が1人で引き受けて、陛下の心は側室の彼女に支えてもらった。
妹も先に天へ旅立ち、今残っているのは私と彼女の子供や孫たち。
妹の子供達は私の事を皆大母上と呼んでくれるので本当にありがたい。
陛下は最後まで残る私の心配をしていたが、彼からは今まで沢山尽くして頂いた。
妹の存在や、その子供達の成長を見るなど幸せを感じる事も沢山あった。
でもラケル様を奪った陛下も、国も、何より私自身を最後まで許す事は出来ない。
私はふといつも思ってしまう。
何故、今ここにラケル様がいないのだろうか?
ここには陛下がいて妹がいて子供達や孫がいるのに、何故貴方だけがここにいないの?
その時、憎くて憎くて堪らない気持ちが抑えられなくなる。
のうのうと暮らす自分を殺したくなる。
あの時ラケル様をズタズタにした人間を何度も何度も殺したくなる。
怒りで狂いそうになる。
そんな時は彼女を思い出す。
一年も共にいなかったのに私の全てになったラケル様を想う。
この想いを忘れないように、この罪を忘れないように。
◆◆◆
ラケル様は覚えていたか分かりませんが、私達の出会いは私か入学した日。
高等科から転入した私は、中等部を歓迎する側として直接ホールに行かなくてはならなかった。
でも場所が分からない。
制服をもらっていない私は見た目も完全に平民だから、通る生徒は皆無視をしており話も聞いてもらえない。
人が減った時に遠巻きに私を見てた人が近づいて来て、声を掛けてくれたのがラケル様だった。
白銀の髪と紫耀く目、透き通る白い肌に美しい容姿。物語に出てくる天使のようだった。
ただ諦めているような影のある顔に違和感も感じた。
「貴方、どうしたのかしら?」
「えっと…実は転入して来たばかりで、ホールの場所が分かりません」
「そう、私も行くから着いてきたら良いわ」
「ありがとうございます」
「今、たまたま通りかかっただけよ…」
たまたま?
声を掛けるタイミングを伺ってましたよね?
私は平民上がりだったので貴族は怖いと思っていた。
でも貴族なのに平民が困ってるのを捨ておけないなんて、見返りを求めない彼女の優しさで学園生活に希望を持った。
私が学園に入った理由はその癒しの力だった。
王家が後ろ盾になってくださるそうで、王妃様の計らいでアーデン殿下が、私に学園生活の指導をしてくださる事となった。
ただ、私の性格は真っ直ぐと言われる事が多い。
一緒にいる殿下にははっきりと申し上げた事が数多く、後から後悔する事もあった。
けれども殿下はあまり指摘される事が無かったらしく、良く感謝され改善に努めてくださった。
そんな殿下を好ましく思った。
けれども殿下と仲良くなった事と、私の性格によって令嬢の敵を沢山作った。
いつも通り殿下といる時に後ろから声をかけられた。
「アーデン殿下、それと…リディア様だったかしら?ごきげんよう」
美しさと影があるお方がいた。
ただ今日のラケル様はいつもと違い、少し感情を感じる顔をしていた。
挨拶そこそこにラケル様は王宮へ向かわれた。
どうやら何かのレッスンがあるらしい。
「アイツが自分から話しかけて来るなんて、何年ぶりだ…?」
珍しく殿下が驚いていた。
「王太子殿下とラケル様はお知り合いなのでしょうか?」
「あぁ、婚約者なんだ」
気持ちが重くなった。
私はそこで殿下に惹かれている事に気づいた。
「母が勝手に決めただけで、互いに愛の無い形だけの関係だがな」
互いに愛の無い…?
先程の彼女の顔には少し怒りの感情があった気がしたのだけども。
私に向けられていた気もする。
いや…それよりも殿下に惹かれると自覚したならば、殿下とこのまま過ごせばさらに惹かれる事が想像出来た。
婚約者がいると分かった以上アーデン殿下やラケル様に、ご迷惑をお掛けしては駄目だ。
「そう言えば殿下は学園生活を慣れさせる為に、私といるのですよね?」
「そうだが、今更どうした?」
「あぁ…いえ、私はもう慣れました。そろそろ殿下もご学友との親交等御自身に時間を割いて頂かないと。このままでは私に罪悪感しかありません」
離れるべきだと思った。
しかし私は殿下の存在で令嬢達が手を出してこなかった事を、その時気付く事が出来なかった。
殿下の守りが無くなり私は令嬢達に虐められるようになった。
噂によればラケル様の指示との事だった。
そんな噂なんて信じたくなかった。
令嬢達に呼び出され、生意気だと叩かれた。
我慢出来ずやり返そうと手を上げたら、目の前にラケル様が現れた。
パシっ!
ラケル様の頬に私の手が当たった。
私の血の気が引いた。
「たまたま通りかかったのだけれども、これは何の騒ぎかしら?」
頬に痕を付けている状態で私に背を向け、凛としながら令嬢達を問いただす。
「…ラケル…様。何のご用かしら?」
「こちらのセリフよ、大人数で見っともない。侯爵令嬢としてこの振る舞いは如何なものなの?」
「リディア様が私達に言いがかりをつけてきたからですわ!彼女の行動や言動を貴方も知っているでしょう!?もう行きます!」
私が言いがかりをつけたと嘘をついて、令嬢達はその場から去った。
振り向く顔は光がさして美しさが際立ち、もう天使にしか見えなかった。
「リアナ…私だけをターゲットにすれば良いのに。あなたが呼び出された所を見たけど貴方は何もしていないから悪くは無いわ。ずっと見ていて助けなかった私が一番卑怯で悪かったわね。ただ、一時の感情で貴族に手を上げるのはやめなさい」
…貴方の手が傷付いてしまうもの。
感情の読めない影のある顔で言われた。
私の手を見て、手が腫れて無くて良かったわと言った顔に、少しホっとした感情が見えた。
…いや、ラケル様の頬が腫れてしまっている!
「ラケル様!頬を叩いてしまい、申し訳ございませんでした!」
慌てて謝罪して癒しの力で頬を癒す。
私の中にある古の魔法『癒す』。
英雄フリードリヒの仲間であった聖女エーリカが持っていたとされる魔法。
数時間前までに受けた毒、傷、病気ならば命尽きようとも癒す強力な力。
彼女に魔力を流すと、魔力が体内を循環し頬の腫れを癒やし始める。
魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。魔力が傷に向かうが拒否される。
絶句した。
とてつもない量の傷に魔力が向かうけど、その全ての傷が手遅れで癒しを拒否する。
「聖女様の魔法は素晴らしいのね、治して頂き感謝致しますわ」
彼女はそう言って去って行った。
ラケル様の身体は壊れて末期だった。
立っているのも辛い身体なのに、何故顔に出さないでいられるの?
彼女は何を抱えて耐えているのだろうか?
◆◆◆
「ラケルの事を知りたいとは…いきなりどうしたのだ?」
数日ぶりに会う殿下へ早速聞いてみる。
「婚約者だがまともに過ごした事もないから分からんな。婚約前ならば多少わかるが、その頃は不幸な顔をした変わった娘という印象だったかな?」
婚約者なのに同じ学園にいて全く分からないなんて、貴族の世界は変わっているなと思った。
ただ殿下の話では気づいた事の答えは無かった。
ラケル様の身体はボロボロで、大小問わず傷が沢山あり、臓器が薬等で傷ついていた。
まるで拷問を受けた人のようだった。
何か原因があると思うけどこのまま悪化するので有れば命にも関わる。
気になった上に尊敬している方だ。
彼女には悪いが時々観察して見た。
良く学校を休む事と他の令嬢達に多少虐められている事が分かった。
定期的に殿下と会う日にまたお伺いした。
「ラケルの交友関係か?気にした事も無いが何かあったのか?」
もしかしたら虐めに会ってるかも知れないと言う事を伝えた。
「あの女は感情を出すことが無い。周りに興味が無いから人と関わる事をしないからそれは無いよ」
婚約者が言った言葉とはいえ本当にそうなのだろうか?少なくとも良く見れば感情を感じるのに?
殿下と一緒の私を見ると嫉妬の感情が。
殿下と話す時に出す恥ずかしさや喜びが。
殿下には伝わっていないのだろうか?
身体の傷についても聞きたかった。
だけど赤の他人の私がどこまで彼女に踏み込んで良いか分からないので、今回は聞けなかった。
そして今度は教科書を隠された。
フルブレト侯爵令嬢達が冷たい笑みで私を見ていた。
怒ってしまいたかったがラケル様を叩いてしまった事を思い出した。
貴族を下手に刺激してややこしくなるのも御免だった。
諦めて探しているとラケル様が現れて感情の読めない顔でキョロキョロしだした。
可愛い動きなんですが何をしているのだろうか?
時間も経ち、令嬢達も飽きたようで皆が帰り始めた。
流石に諦めて帰ろうと思ったときラケル様が教科書を持って私の所に来た。
制服がボロボロで膝も土だらけになっていた。
この時間に教科書を持って来たのならば、あれからずっと探してくれていたのだろう。
思わず涙が出た。
「たまたま歩いていたら拾ったわ…」
不幸そうな無表情であっさりと嘘を言った。
ラケル様もあれだけ必死に探してくれたのに?
この可愛い生き物は何だ?
彼女は感情が無いと皆言うが何かがきっかけで人と関わるのが苦手なのだろう。
だってこんなにも優しい。
虐めを指示してるなんて噂は嘘だと確信した。
それから定期的に殿下とお会いする時は、常にラケル様の事聞くようになった。
だから今日もそれで終わるはずだった。
「リディアはいつもラケルの話をするな。今日は君に伝えたい事があるんだ」
「何でしょうか?」
聞き返してはいけない言葉を言ってしまった。
「君に惹かれている、好きだ」
思わず止まってしまい、そして心臓の音が周りの全ての音を消して行く。
蓋をした惹かれた気持ちが溢れてくる。
「これ以上はおっしゃらないでください。貴方には素晴らしい婚約者様がいらっしゃるではありませんか」
「すぐに返事を来れなくても良い。婚約者を抜きにして君の気持ちで考えてくれないか?」
好きな男性にそう言われたら嫌でもときめいてしまう。
でも私にとってラケル様を裏切るなんて選択は出来ないから、返事もそこそこに私はその場を去る。
何となく振り返ると、私達が話していた場所のすぐ近くに、一瞬白銀の髪が見えた気がした。
物凄い罪悪感に支配された。
でも、それからもラケル様は変わる事無く、
私に何かある時は必ず彼女は近くにいて、大事になりそうなら必ず割って入ってきた。
危険な時は必ず助けてくれていた。
そして、決まって最後に言う。
「たまたま通りかかっただけよ…」
他の人が何と言おうともラケル様は私にとって物語の英雄だった。
◆◆◆
数日後王宮に来るよう命令が来た。
王妃陛下と会うのは2回目だったが、挨拶もそこそこに王妃陛下から殿下との婚約話を切り出された。
「私としては夢のようなお話です。ですが尊敬しているラケル様の幸せを奪う気はありません」
誰が何を言おうとも私の英雄は少しでも長生きして、気持ちが報われて欲しい。
「ラケルとの婚約を辞めるつもりは無いわ。どちらに返答したとしても貴方には全て話しておきたいのよ」
「全て…ですか?」
王妃陛下にお聞きした内容は、この国の根幹である王の不死身の秘密であった。
「身代わりの魔法…?それではラケル様のお身体がボロボロなのは…?」
「良く気付いたわね、その魔法の結果よ」
その肯定は酷く残酷だった。
アーデン殿下とは良く話したからこそ知っているが、殿下とラケル様はうまくいってない。
身代わりの魔法によってラケル様が、どれだけ殿下に尽くしていても今の殿下が知る事は無い。
令嬢達もそうだ。
身を削り殿下を守るラケル様は、英雄として称賛されるべきであって嫌われる事なんてありえない。
何でも無いふりして身体をボロボロにし確実に死へ向かっている。
そんなの…あんまりじゃないか!
「貴方はアーデンとも惹かれあってるのよね?聖女である貴方がこの話を受ければラケルをこれ以上犠牲にする必要なくなるわ」
「でしたら私は友としてお二人を支えます。ラケル様をお支えすればラケル様の気持ちを尊重する事も出来ますから」
そのように伝えると意外な言葉が返ってきた。
「ラケルの事を気にしているならば問題無いわ。今回の件もアーデンを守る為ならとラケルの了承も得ているから」
了承を得た?少なくとも殿下との仲で嫉妬するのに?
でもラケル様なら自らを犠牲にして私の事も認めそうだと思った。
ここで引き受けない場合は自ら婚約者を辞退する可能性もある。
「分かりました、お引き受け致します。ただしラケル様は正室として、大切にして頂く事をお約束ください」
王妃陛下に了承を頂きその場で私は身代わりの魔法をその身に受けた。
私はメイドに連れられて王妃陛下のお部屋を後にした。
「少しラケルへの思いが強いわね。まぁ、今日中に事実さえ作ってしまえばあの娘も逃げられなくなるでしょう」
閉じられた扉に向かって王妃様が呟いたが私には聞こえなかった。
通された部屋へ入るとアーデン殿下が笑みを浮かべて待っていた。
「婚約を引き受けてくれた事を感謝する」
アーデン殿下が私に言うが、私は恥ずかしさのあまり無言で頷いた。
本日は王宮の浴室でゆっくりするように言われ、メイドの方々に散々磨かれてからドレス姿で殿下の部屋へ案内された。
初めてのドレスに綺麗な化粧。
鏡に写る自分が自分では無い気がしていると、アーデン殿下が寝る前の挨拶に来てくれた。
たわいもない会話をしてアーデン殿下は部屋に戻る予定だったが、2人ともおかしな気分になってきた。
殿下が私の頬を撫で、私は赤くなりながら殿下を見つめあう。
逸らさないとと思ってるのに逸らせない。
2人の唇が重なった。
舌が絡みだす濃厚なキスをされながら、私は殿下の腰で腕を回す。
左耳の付根から首筋まで舌で這われる。気持ちの良さに喘いでしまう。
鎖骨辺りに強いキスをされる。
跡がつく心配と跡をつけてもらった背徳感でいっぱいになる。
甘い匂いがして気持ちよさに溺れる。
左肩側がはだけて胸が見え、殿下が私の胸を触る。
あぁ…夫婦の誓いを遂げていないのにとか考える自分と、殿下を感じ愛されて殿下の物にして欲しいと思う自分で埋め尽くされる。
下を触られる。
「あっ」
声が出た。
何故かラケル様の影を含んだ顔を思い出した。
ラケル様より先に寵愛を頂く訳にはいかないと、慌てて殿下を止める。
だけど、今更殿下も受け入れ準備が出来てしまった私も止まれない。
触られるたびに奥から熱い思いが溢れてくる。
これは何かおかしい…。
ようやく部屋に漂よう空気に薬物が混ざっている事に気がついた。
だけど、癒しの力でその身を正すよりも愛する殿下との快楽に負けて身を委ねた。
気持ち良い…。
目が覚めたら夜が明けようとしていた。
少し痛みを感じたけど、その痛みまで喜びに思えた。
隣で眠る殿下の頬を愛おしく撫で唇にを軽く重ねた。
側室として愛する人と、また英雄のように憧れる人と、これから共に過ごせる事が幸せだった。
私はこの先の未来に希望を抱き学園へ戻った。
でも数日後にラケル様が陥れられた。
私の描いた未来への希望なんてもともと叶わないものだった。
◆◆◆
ラケル様が王宮に呼ばれて婚約破棄される事と大怪我をされた事を聞いた。
私はすぐにラケル様のお部屋へ向かったが兵士が固めており会う事が出来なかった。
窓、屋根、煙突などあらゆる場所から侵入を試みたがうまく行かなかった。
大怪我ならば一刻も早くお会いして彼女を癒したかったのに。
令嬢達にラケル様の無実を証明して頂くように土下座をしてお願いしたけど、フルブレト侯爵令嬢は冷たい笑みを浮かべて惚けた。
ただあまりにも考えずに動きすぎたから、私は余計な行動をしないようにと殿下の命令で部屋に閉じ込められた。
私が閉じ込められている間、殿下は学園全員をホールに集めて全員の前でラケル様を断罪し婚約破棄を行った。
私は殿下が許せなかった。
手遅れになる前にせめて大怪我を治させて欲しい旨を伝えたが、この件は本人が悪いから治す必要は無いと言われた。
私の怒りは頂点に達し、ラケル様が悪いのであれば証拠を見せるように指摘した。
王宮に向かう必要があるとの事だったので私も同行して移動の最中に、今回のラケル様が虐めを指示した事を示す調査記録を見せて頂いた。
良く作られており信用にたる調査記録であった。
間違いと証明する事は難しく殿下が信用した理由も分からなくもない。
ただし記録に記載してあるラケル様が悪役のような性格であれば納得できる。
影で令嬢達に虐められでも私を庇う為に令嬢達の前に立ちはだかる。
殿下に恋を寄せ不当な事で悲しみ涙し、愛する人と国を守る為1人命を犠牲にする。
この調査書に記載された人物は物語の英雄の様に犠牲を払い、年頃の少女のように感情表す彼女では無い。
彼女とはまるで違う貴族のような醜い令嬢だ。
本当のラケル様を知っていればこの調査記録は貶める為の嘘と分かるのに、婚約者の殿下が何故気づく事も出来ないのか?
恐らく誰も本当の彼女を知らない。
本当の彼女さえ理解してもらえれば、この冤罪を終わらせる事が出来るはずだ。
直接王妃陛下に直訴する為に面会を求めたかったが、貴族の方々との会議を行なっていた。
内容はラケル様をどのように処刑する事だった。
私は慌てて止めようとするが衛兵に邪魔されて会議室に入れない。
部屋に閉じ込められて出る事が出来なくなった。
ラケル様の怪我も気になるし処刑話も止めなくてはならない。
気を張り詰め過ぎて油断していた。
いつのまにか眠ってしまい気がついたら先日の薬を盛られていた。
頭がふらつき身体の内が熱く思考を奪う。
大方この薬で乱れた所でアーデン殿下と床を共にさせるつもりなんだろう。
ふざけないで…。
ラケル様の事を考えたら強力な薬だろうが、何にでも抗える気がした。
心を落ち着かせて解毒を行う。
薬の効果が見れないのを何処かで監視してるのか分からないけど扉が開く事は無い。
怒りの焦りの中私は待つ事しか出来ない。
結局、10日以上の間近く閉じ込められて、ようやく王妃陛下が暗い顔で私を迎えに来た。
ラケル様が聖女暗殺の罪で処刑される事になってしまったと告げられた。
「嘘…」
「ごめんなさい…。貴族の干渉から貴方を守る事が精一杯だったわ。貴族を押さえ込む力が無くて本当にごめんなさい」
王族が頭を下げて謝罪する。
私の世界が黒く塗りつぶされた。
聖女と言われた私は無実の少女1人救う事出来ない無力な人間だった。
「ぁ…ぁぁああああ!!」
声を上げて泣いた。
◆◆◆
学園に戻るとラケル様に会う為、殿下の後を追って無理矢理同行して男子寮の地下へ向かった。
濃い血と生臭い匂い。
指定された部屋に入ると性別すら分からなくなった重症の怪我人を殿下が抱えている。
顔を潰されて、腕を焼かれ、足を刺され、あまりの光景に言葉が出ない。
ラケル様に会えるのではなかったの?
この方は誰?何故こうなったの?
あらゆる思いが巡ったが、倒れる怪我人の短く切られた白銀の髪を見て地獄に落とされた。
「ら、ラケル様!!!!」
酷いの一言だった…。
どうして1人の少女に対してここまでする事が出来るのか。
憎しみと怒りと自責とあらゆる感情で爆発しそうで、今すぐにでもラケル様をこのようにした人間を殺したかった。
だけど全てを押し殺して集中する。
全ての魔力と命を掛けて回復を行う。
自分の命を引き換えにしても死なせない!
でも…潰された顔も、えぐられた片目も、削がれた片耳も、絞め潰された喉も、切り落とされた胸も、焼かれた片腕も、潰された臓器も、使い潰された性器も、折り潰された足も、串刺しにされた足首も、全身暴行によって砕かれた骨も、壊された身体は一つも治す事が出来なかった。
もう手遅れだった。
ラケル様の意識が覚めて私に目を向ける。
潰された喉では、喋るだけで血を吐く辛さがあるはずなのに、それでも懇願するように私に行った。
「おね…が…い…もう…ごろ…して…」
私は何て愚かだったのだろう。
彼女は英雄でもなくて1人の少女だったのに、何故彼女を置いて離れたのだ。
何故こんなになるまで城を無理矢理にでも出て助ける事もしなかったのか。
彼女に負担にならないように優しく抱きしめるとラケル様が私の頬を撫でる。
まるで泣かないでと言われたように。
この人は何でボロボロになってまで人を助けてしまうの?
絶対に死なせない。
ありったけの魔力を注ぐ。
もう彼女の命は助からないかもしれない。
でも処刑なんかさせないで最後の瞬間まで私がお世話をして、せめて心を平安にしてあげようと決めた。
◆◆◆
それから数日かけてラケル様は穏やかに意識を回復した。
彼女を延命するなら何でも出来た。
だって気づいたから。
初めて出会った時、既に私は彼女に落ちていたんだから。
私はお世話をする事しか出来なかったけど、夜は拷問を思い出し怯えるので優しく抱きしめて頭を撫で、彼女が満足し落ちつくまで、私は寄り添う。
ある時に潰れた喉で頑張って声を出した。
「リディア様…お母さんみたい」
「お母様は裸で貴方を温めたりしませんよ。私は…その…叶うなら貴方の妻と呼ばれたいです」
今は包帯だらけの顔なので表情は読めない。
私の一世一代の告白が伝わったのか、全く分からないけど、今は幸せだ。
私は殿下と同じぐらい、いやそれ以上にラケル様に惹かれていた。
薬の中とはいえ殿下に抱かれたのは間違い無く私の恋心。
でも彼女となら薬が無くても顔が潰れていても、今のボロボロな状態でも、もし彼女に負担を掛けないなら今すぐにでも愛し会える。
私はたまらなくラケル様を愛していた。
あの穏やかな数日はあの一年に満たない時は私の大切な宝物で今でもラケル様を愛している。
結局処刑を止める事も出来ず、ラケル様を犠牲にした国を守ると駆け抜けて来たけど、彼女を信じきれなかったアーデン様や、政策で彼女を犠牲にしたこの国の事は今でも憎くてたまらない。
私自身を許す事なんて出来る訳が無い。
けど彼女の最後まで国に尽くした、あの行動全てを無駄にしたくなかった。
だから陛下を支えて続けた。
あの時陛下に抱いた淡い恋心なんてとっくに消え失せたけど、この長い間で1番信頼出来る仲間であり家族でもあった。
彼がいなくなって私の役目も終わった。
妹の長男アルベルトとその妻には既に忌まわし魔法を説明し引き継いでいる。
でもそれだけじゃない。
妹の子供達やその家族全てで呪いを受け継ぎ、全員で長男を支えるらしい。
この子達は私達では考えなかった未来の可能性を見せてくれた。
この国の闇は国を存続させる為にこれからも続いていく。
◆◆◆
妹へ最後にラケル様の話をした。
「お姉様。長きにわたり陛下をお支えくださり、本当にありがとうございました。」
「当然よ、貴方は今更何を言うのかしら?」
私が言うと、彼女は首を振った。
「貴方が国を…陛下を憎み、それでも夫を支えてくださった事を本当に感謝していますわ」
私は驚き、彼女は優しい目で私を見た。
「クレア気づいていたのね。私の中にある憎しみをいつから知ってたのかしら?」
「ずっと前からですわ。わたくしはずっとお二人の家族でしたのよ。わたくしはよく知らない方ですけど、昔処刑になったラケル様、陛下の元婚約者の方が関係してるのでしょう?」
まさかラケル様の事を言われると思わなくて止まってしまう。
この妹はラケル様に似て本当に聡明だ。
「今までラケル様のお名前を上げてくださらなかったけれど、お姉様が遠回しに彼女の事を話す時、色んな感情を顔に出していましたのよ」
全然気づかなかったわ。
「一言で言うなら恋する女の顔かしら?わたくしは陛下の次に、世界で二番目に貴方を愛していましたのよ。だから見間違えるはず無いもの」
彼女は悔しそうな顔で私を見る。
「あぁ悔しい。お姉様の一番がわたくしだったら良かったのに。陛下にとっても一番もその方なのかしら?」
「それは…どうかしら?もしまた陛下に選ぶ機会があり、可愛い妹では無くラケル様を選ぼうとするなら、次は間違い無く陛下を殺します」
「お…お姉様は相変わらず過激ですわ」
私と妹は声を出して笑う。
「貴方さえもし良ければ、ラケル様の話を聞いてくださらないかしら?聖女暗殺を計画した魔女として民の前で処刑された稀代の悪女。でも…本当は私の英雄で最愛の人の話を」
ラケル様の話を妹にするとは思わなかったが、泣き、笑い話を聞いてくれた。
「でも、お姉様をそんな顔にさせるなんて本当に悔しい…。もしいつか会う事がらあったら、陛下もリディア様も渡さないんだから」
笑顔で言った大切な妹は、それからすぐに人生を終えた。
◆◆◆
アーデン様は病気で亡くなった。
病気にかかった時、いつも通り身代わりをするつもりだったが、最近私の体調が悪い事を知っていたのだろう。
最後を覚悟して、自らの病気を自ら引き受けて亡くなった。
陛下との関係を表すのは難しい。
恋人とは違う、夫婦も違う、兄妹とも違う。
憎しみと友情と、互いに同じ人を愛したライバルかしら?
一時の私と陛下は荒れに荒れて、特に妹が初めて妊娠した頃から数年は、陛下は機嫌の悪さや性欲を歪ませて酷かった。
何度も、あぁもう死んだなって思ったものだ。
一度、犯された事も知っている。あの時は知らぬふりをしたけれど、子供が出来たら自害しようと思っていたから。
今思い出しても、最低だと思う。
夫婦なら何をしても良いわけでは無い。
死後でもムカつかせるとは、なんて人だと思う。
「…夏なのに…少し肌寒いわ…」
「お婆ちゃん大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ」
最近は体調が安定しないので、妹の孫達がこの館に住んでくれている。
でも…私の終わりも近づいてきたようね。
久しぶりにベットから起きると、妹の子供達とその家族が全員集まってくれた。
私の命が尽き掛けてるのが分かっているのか、皆が泣かないように必死に笑ってくれる。
本当に私の大切な良い子達。
「大母上、今までありがとうございました」
「私は本当の子供がいないけど、
貴方達が沢山の愛をくれたから感謝してるわ」
私は1人1人の名前を呼び感謝をしてから、妹の長男アルベルト…今の王に一つのお願いをする。
「私が亡くなったらこのお屋敷の裏にある小さな塚に埋めて欲しいのよ。あの塚には私の大切な人が眠っているから…お願い出来るかしら?」
あの処刑の後、彼女の残った灰を少しだけ集めて埋めた塚に共にいたいから。
するとアルベルトが驚く事を言った。
「ならその塚にはこう刻みましょう。聖女と悪役令嬢、ここに眠る」
私は目を見開く。
「私達は皆、大母上が大好きなのですよ。気づかぬ訳がありません」
「私は…本当に恵まれていたのね」
子供達の笑顔を見て、少しだけ許せた気がした。
人生を駆け抜けて幸せだったと思えた。
数日後に、私の意識は無くなった。
◆◆◆
「ここは…どこかしら?」
隣に川が流れる広い草原に私は1人。
「この服は…懐かしいわね」
久しぶりに見るこの服装は、あの学園の制服のようね。
この手…シワが無いわ。
もしかして若返ったのかしら…?
ここにいても仕方がないからとりあえず進む。
少し歩くとベンチに1人の女性が座っていた。
その白銀の髪に白い肌、紫の瞳に綺麗な顔は、数十年経っても色褪せる事も忘れる事も無かった。
「ごきげんよう、リディア様」
相変わらずの無表情で少し安心して、私もごきげんようと返して隣に座る。
「どうしてここにいらっしゃるのかしら?」
「たまたま通りがかっただけよ」
彼女はいつも通りのセリフを言った。
どうせ彼女の事だから泣き虫な私が来るまで待ってたくせに。
とても懐かしくて色々な事を思い出す。
貴方との出会いは一年に満たなくて、でも私の全ては貴方に奪われてしまった。
長い刻の中で、私はただただ貴方に会いたかったんだ。
彼女は少しだけ微笑んで言ってくれた。
「お疲れ様」
その一言で私は泣き出した。
涙が全く止まらない。
「う…ぅああああああ!!」
たまらずに声を上げてしまう。
彼女は私を優しく抱きしめて頭を撫で続ける。
かつて私がやったみたいに。
そして少し落ち着いた時に、優しい口づけをしてくれた。
思わず泣き止み、顔が真っ赤になる。
「泣き止んだ?」
「…えぇ…。ただこう見えて大分歳上なのよ。恥ずかしいわ…」
それを聞いた彼女が笑う花のような笑顔を向けて私に微笑みかける。
あまりの美しさに見惚れて動けない。
「さてと、リディア行きましょうか?」
彼女が私の手を掴みドキドキする。
私の英雄様は呼び捨てと言う新しい技も使い出したようだ。
「どこへ行くのかしら?」
「決まってるでしょう未来よ」
「そう…喜んでお供するわ、ラケル様」
えー呼び捨てじゃ無いの?
彼女はそう言いながら楽しそうに笑った。
そして私達は光の中に入った、
End
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