第14話 必要悪

※ガネシとは、ヒンドゥー教のガネーシャをモチーフにした架空の生き物です。ねずみのラッタ♂と子猫のビラロ♀と一緒に地球でたくさんの経験を積んでいます。


「なぁ、ガネシ。オイラ前々から疑問に思っていたことがあるんだけど。ガネシやビラロ、それに菩提樹様の話を聞く限り、人間という生き物は悪魔のような存在だよな。まぁ中にはそうじゃない人たちもいるとは思うし、散歩をしている限り、恐ろしい悪魔は今のところ出会ったことはない。でも争いはする、自然破壊はする、無駄に生き物を殺す。どうしてこの世界にやつらが存在するんだ。神界と人間界。なぜふたつの世界が存在するんだ」


「ラッタ、難しい質問するね。どうして人間の魂は人間界から神界へ、そしてまた人間界へと繰り返し輪廻するんだろう」


「やっぱりガネシも疑問に思うか。ビラロ、なんでかわかるか」


「私にもそれはわからないわ。でもその輪廻の仕組みって人間の霊性を高めるためにあるのよね。人間の霊性を高める目的が何かしらあるはず。きっと神界に秘密があるはずよ。私たちにも知らない秘密がね」


「菩提樹様は知っているんだろうなぁ。オイラ思ったんだ。こんなにも世界に害を及ぼすのであれば、人間がいなくなったらこの世界はどうなるんだろうって。まぁ全員ではなくても、少なくとも悪人たちがいなくなったらどうなるんだ。平和な世の中になるのか」


「菩提樹様から聞いたことがあるの。この世界には必要悪というものが存在するってね。必要悪とは、その名の通り必要な悪。そういう道徳的にも社会的にも悪い人たちがいるからこそ、正しさが何かっていうことがわかるのよ。いわゆる反面教師ってやつかしら」


「人間界でも時に秩序を保つ方法としても必要悪の考え方を利用していた人たちがいたみたい。マキャヴェリという人が言っている。「愛されるより恐れられよ」ってね。あえて恐怖を与えて、統治することもあるみたいだよ」


「ガネシ、すげぇな、そうやって目をつむればピンポイントで人間界の情報ゲットできるのかよ」


「日々の修行の賜物ね。ガネシ、すごいわね」


「えへへ、ありがとう」


「要するにあれか、悪もこの世界を構成するためには必要な要素のひとつということか。空気や水や自然のように、人間も必要なのか」


「そういうことになるわね。そして悪を完全に排除したらしたで、新しい環境のもとまた新たな悪が生まれるとも言われているわ」


「悪が必要なんて、なんだか悲しいね」


「そう、でもその悪を少しでも抑制するために人間社会では法律があるのね。悪いことをしたら罰せられる。それで少しは自制心が働いているとは思うの」


「なんだかよくわからなくなってきちゃった。僕は何をどうしたらこの人間界を救えるのかな。悪をなくしたところで人は救われない。悪を正したところで人は救われない。じゃあどうしたらいいんだろう」


「ガネシのその澄んだ心で救える人々はたくさんいるはずよ。まずは救いを求めている人たち、困っている人たちをどうしたら救えるか一緒に考えていくのはどうかしら。そのためには人は何に困っていて、何をしたらその苦悩が解消されるのか観察していかないといけないわね」


「救いを求める人たちかぁ。なるほど、そういう観点から人間界の人たちを見てみるね」


ラッタは黙ってふたりの話を聞いていた。人間界には恐らく、心の奥底から闇を抱えている人たちがたくさんいて、ビラロが言っていた法律とか社会的体裁とかで必死に理性を保とうとしているのだろう。ラッタは時折散歩に出かけながら、人間が作り上げた社会システムにいつも驚かされていた。ほとんどの人間は昼間活動し、夜は家にこもる。公園では噴水に絶え間なく水が注がれていて、ゴミは清掃業者が片付けにくる。動物は人間に飼われていて、人間の言いなりだ。全てが面白いくらいルール化されていて、そのルールの中で人々は生活している。この前拾ってきたお金だってそうだ。欲しいものがあればお金で何でも買える。


もし、社会システムが崩壊して、法律もなくなり、秩序が乱れた時、一体どのくらいの割合で理性を保てる善人がいるのだろうか。もしかしたら側から見たらうまくいっている世界は、ただただその本質を抑圧されているからうまくいっているだけで、本当は善人よりも悪人の方が多いのではないだろうか。この世界の人間には誰しも悪人の要素を持っていて、何かがきっかけでその真っ黒な花が開いてしまうのではないだろうか。ラッタは考えれば考えるほど人間界にいるのが恐ろしくて堪らなくなった。

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