第2話
俺の名前は伊藤吉弘。「この子はなかったことにして!元カレの子なの!」と叫ぶ母親から誕生、そのまま孤児院へ直行。学費を必死に工面してT大学の医学部に入学した俺に待ち受けていた壁は、高額な教科書代だった。
持病の診察時、主治医に相談したら、横にいた女医さんから「君、良いバイトがあるんだ。やらないか?」と言われ、「やります」と即答。「臓器売買をする悪党を倒す」みたいな内容だった気がするが、よく憶えていない。その女医さんがものすごく美人で、見とれてしまっていたから。
主治医は止めてきたけど、俺に迷いはなかった。彼の言うことを聞かなかったのは、始めてだったかもしれない。そして、案の定そのバイトが結構きつくて、大学二年生になった途端に持病が悪化。休学して、今に至る。
他人の休学・退学・留年は蜜の味。俺の休学は高校の旧友たちに広まり、「暇そうだから、結婚式のムービー作っておいて」との依頼が来る羽目になった。そんなに深い間柄だったか疑問に思いつつも、断る理由もなく、こうして母校へ足を運んでいるのだった。
・・・
「また出たらしいよ、ヒガイシャ。」
「ひえー。誰?」
「1Aのアッコ。でもあの子、二股してたっけ?!
「あれだよ。佐藤先輩との匂わせ画像、出回ってたじゃん。」
「佐藤先輩って、レイナの彼氏じゃん!?」
「そそ。アッコも勇気あるよね。で、今は病院で、まだ意識戻ってないんだって。」
「あんたも気をつけなよ。」
「えー、股なんてかける度胸ないし。って、そもそも彼氏いないっての!」
懐かしい制服に身を包んだ女子生徒が、笑いながら通り過ぎる。久々に訪れた母校は、驚くほど変わっていない。これには一応、理由があった。
元々、ヨーロッパの有名な建築家が建てたらしい。変わり者で隠し扉や開かずの間など好き勝手作っておいて、完成直後に謎の変死。校舎が重要文化財に指定されて、ますます改築が難しくなった。
二年ぶりに訪れても場所がわかるのは、ありがたいけどね。そんな郷愁にふける暇もなく、スマホが振動する。表示されたのは『黒川礼子』。俺にありがたくも仕事をまわしてくれる女医、クロさんだ。
美人な女医と聞いて、甘い妄想を抱くなかれ。俺は彼女の患者でも、恋人でもない。仕事の部下として扱われているのだ。人使いがめちゃくちゃ荒い。一応、病人なので抗議をしたところ「これでも優しくしてる方だよ。ま、何かあったら加藤先生が治してくれるだ。」とさらっと言っていた。ちなみに、院内でのあだ名は軍曹。
「はい、伊藤です。」
「また絵による被害が発生した。場所は北高校だ。」
「あの、もしかして俺のスマホにGPSとかつけてます?」
「は?ばかなこと言うな。そんなことしないよ。」
さすがにそれはないか。ストーカーされてるのかと思った。心の中で、見た目だけは完璧なクールビューティにこっそり謝る。
「やるなら体に埋め込むに決まってるだろ。」
「......俺が馬鹿でした。ちょうどそこにいるんで聞いただけです。」
「あれ、もう誰かから聞いてた?」
「いえ、来月に結婚式があるんで、母校の先生にお祝いの言葉もらいに来てるんです。」
「そういや、高校の同級生が結婚ラッシュだとか文句言ってたな。つくづく悪運が強いね。じゃ、そのまま解決お願い。詳しくはメールで送るから。」
一方的に電話が切られる。ちょうどご祝儀貧乏になってたし、体調も良いし、まあいいか。休学中でも、学費や生活費はかかる。だから、こうして日銭を稼いでいるのだった。
あとは悲しいかな、男の性だ。綺麗なお姉さんは好きですか?はい、好きです。その口からお礼を言われるのは、もっと好きです。たとえ、片手に血まみれのチェンソーとか持ってても。
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