第二十二話 説明は重く2
奈代さんからの告白について、僕は別に誤魔化していたわけじゃない。
ただ、決めあぐねていたからだ。
もちろん、彼女と付き合えるのは嬉しい。それは紛れもない事実だ。
だからこそ、彼女の気持ちに一変混じりっけのある状態で告白して欲しかったと思ってしまった。
昨日の告白で、彼女は僕に対する気持ちを間違いなく自分自身のものだと言った。
しかし、それが本当にそうなのか僕には判断できない。
少なくとも、かぐや姫の影響が完全に取り除かれるまでは、何とも言えない。
それが傲慢の願いだと分かっている。
これが他の男子の前でさせれていたら、間違いなく
美少女に告白されておいて、何を言っているのだと言われるだろう。僕の学校生活が終わることが目に見えている。
そういう意味では、この場で告白のことを聞いてくれたのは幸いだったともいえるだろう。
ただ、きっとこれだけは譲れない。
顰蹙を買うが、きっと同じことを言うだろう。
僕は真っ直ぐこちらを見る奈代さんに視線を向けて言う。
「奈代さん。僕は……」
「すみません!」
しかし、覚悟を決めた言葉は紡がれることなく奈代さんに遮られる。
つい最近もこんなことあったなぁ。
じゃなくて、何故!?
奈代さんが僕の言葉を止める意味が分からない。
告白の返事を聞くのが怖い? いや。短い付き合いだけど、奈代さんがそんな性格ではないことは分かる。
じゃあ、どうして?
「やっぱり今答えないでください」
「どうして?」
僕は奈代さんに問う。
「自分の気持ちが怖くなったからです」
「昨日、それは自分の気持ちに間違いないって」
同じことを僕は昨日聞いた。
その僕に対する気持ちは本当に自分のものなのか。そして、それに対して彼女は間違いなく自分自身のものだと答えた。
だから、そのことに関しては彼女自身しっかり納得しているのだと思っていたが、違うか。
「そう思ってました。けど、今日かぐや姫との交渉のことを聞いて、少し思ったんです。やっぱり、告白をするならもっとちゃんと自分の気持ちだと言い張れる状況にしてからにしたいって……きっと今返事を貰っても、どんな答えにしても後々後悔するんじゃないかって頭に過ってしまったんです」
僕は理解した。
彼女も僕と同じことを考えていたのだ。
告白をするなら、確実にその気持ちが自分のものだと言い張れるようにしたい。
そうでなければ、きっと彼女は告白を拒否されようが、OKされようが余計な思考が出てしまうからだ。
かぐや姫の影響が出たせいじゃないのかという、言い訳ができてしまう。疑念が生まれてしまう。
それを彼女自身が恐れたのだ。
しかし、それなら告白の話をそもそも掘り返さない方が良かったのかもしれないが、きっとギリギリまで悩んだのだろう。
告白の返事を聞きたい気持ちと、後々のことを考えてまだ聞きたくない気持ち。
それが彼女の中でせめぎ合っているんだろう。
優柔不断とも言えるかもしれない。けど、僕はそれを悪いとは思わないし、そう思われることを覚悟しても後々のことを考えて話をした彼女の気持ちは尊重する。
そして、彼女が本音で語る以上、こちらもしっかりと本音で語り合いたい。
「奈代さんの気持ちは分かったよ」
「すみません。自分でも何が正解か分からなくなってしまって」
「ううん。僕も同じ気持ちだった」
「同じ?」
「僕も、可能ならかぐや姫の影響が完全に消え去ってからもう一度奈代さんには自分の気持ちに向き合ってほしいと思っていたんだ。そっちの方がきっと奈代さんのためになるんじゃないかと思って」
「そう……ですか。気遣って頂いてありがとうございます」
僕の本心の言葉に、彼女は少し驚きながらも、先ほどまであった緊張に満ちた表情は柔らかくなり、嬉しそうな表情をする。
その緊張の糸が解れた表情を見て、こちらの気持ちも少し軽くなり、顔の筋肉が弛緩した。
完全にお互いの意図は重なり、話し合いの終着点が見えた。
ゴールが見えたことによる安心感も湧いてくる。
「まさか、奈代さんも同じことを考えているとは思わなかったですけど」
「ふふ。相思相愛ですね」
「そう……かな」
そういう彼女の笑顔に少しだけ気恥ずかしくなる。
とはいえ、具体的なことは何も決めてない。
影響が消え去ると言っても、どうなったら影響が完全に消え去ったと言い切れるか分からない。
奈代さんのどうなったら、気持ちが完全に吹っ切れたか聞くも良いが、それはあまりにも投げやりな気がする。
「あの!」
「ん?」
「提案なんですけど。もしも頭痛が一年続かず、記憶が引き出されることがなかったら、もう一度告白しても良いですか?」
「え!」
まさか、考えてる途中で奈代さんの方から提案されるとは思わなかった。
とはいえ、その提案は確かに理に適っていると言える。
人の気持ちは移ろいやすい。一年間あれば、気持ちの再確認をするのには十分だろう。
かぐや姫の記憶が漏れ出れることなく、一年後も気持ちが変わらないのであればそれは奈代さんの本心であると言い切ってもいい。
懸念点がなくはないが、その提案を断る理由がない。
「分かった。奈代さんがそれで良いなら僕はそれで大丈夫だよ」
僕が了承すると、奈代さんは少しだけ口角を上げて告げる。
「はい。私は大丈夫ですよ……一年後でも変わらずに藤原君を好きである自信がありますから」
「そ、そう?」
真正面からの好意に慣れていないせいで、天使のような微笑みで言って来る奈代さんの言葉に体が熱くなる。
僕が照れている顔を見られるのが、気恥ずかしくなり、顔を逸らした。
しかし、そんな僕の心情とは関係なく奈代さんは言葉を続ける。
「だから」
「?」
「藤原君も私以外女性を見ないでくださいね」
普通なら自分だけを見て欲しいという可愛らしい台詞。
だけど、その時だけは何故は違う感覚に襲われる。
大型の獣に睨まれて鳥肌が総立ちするような感覚。
逸らしていた顔を奈代さんの方に向けた。
そこにはさっきまでと変わらない笑顔でこちらを向いている奈代さんがいる。何も変わらない。
けど、まるでかぐや姫に相対したときのような緊張がある。
一瞬、かぐや姫が出てきたのかと思ったが、そうではなさそうだ。
彼女が表に出る前に起こる頭痛も起こっていない。
間違いなく、目の前にいるの奈代輝夜だ。
「ええと。それはどういう」
「その言葉のままです。深い意味はないので、気にしないでください。ただ、約束してくれればいいだけです」
「そ、そう? 分かったよ」
変化しない視線と彼女の瞳の圧力に負けてひとまず相槌をする。
どうせ、未だに男友達すらできない僕が、普通に学校生活をして女の子と仲良くなるなんてないだろうし、問題はないだろう。
「良かったです」
そう、満面の笑みで言う彼女の表情を見ながら、何か、何か取り返しの行けないことをしてしまった気がする。
しかし、それがどう行けないのか、どうなるのかを今の僕には分からない。
ただ、この時の気軽に行った相槌を後悔する日が来ないことを祈ろう。
「では、今日は帰りますね」
「そうだね。これ以上遅くなっても良くないしね」
「明日は約束の日なので、またここに来ますね」
「うん。色々用意して待ってるよ」
「ありがとうございます」
奈代さんは満足したのか、席を立ち自分の靴を回収して、扉のノブに手を掛ける。
「そういえば」
「?」
まだ言い残したことがあるのか、奈代さんは背をこちらに向けたまま話しかけてくる。
「先ほどの一年後再び告白するという約束ですが」
「それがどうしたの?」
何かおかしい。
僕の中で疑念が生じる。
ただ、その疑念について検討をする暇なく、奈代さんは続けた。
「私もその約束に乗ってよろしいでしょうか?」
疑念が確信に変わる。
声はそのまま。頭痛も起こっていない。
ただ、口調だけが決定的に違った。
僕は今までにないパターンに呆然と呟く。
「かぐや姫?」
自分で言葉にしながらも、疑念が晴れない。
本当に彼女はかぐや姫なのか?
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