第二十一話 説明は重く1


 翌日、僕は奈代さんを部室に呼んだ。

 もちろん用件は昨日のことについてを全て話すため。

 ホームルームが終わり、僕はすぐに部室に向かう。

 奈代さんは担任から頼まれごとをされたようで、少し遅れたから部室に入ってきた。


「じゃあ。聞かせてください。昨日、私が気を失った後に何があったのか」


 奈代さんは部室に入り、椅子に座ると開口一番そう言ってきた。

 その声には微かな怒気が含まれている。

 当たり前といえば、昨日は衆目があったので問いただせなかったが、奈代さんから一刻も知りたいことを流されて、お預けにされたのだ。

 更に、時間があるときに説明をしたかったため、放課後を指定した。

 奈代さんからしたら、全てを知っている人間が直ぐ近くにいるのに、聞けないのはストレスになったことだろう。

 優しい奈代さんといえど、少しばかりイラつきがあっても仕方ない。

 僕は少しでも、気持ちを落ち着かせるため、先ほど部室に来る前に買っておいたお茶を奈代さんに渡す。

 奈代さんはそれを「ありがとうございます」と呟き受け取る。

 そして、奈代さんがそれを飲んだことを確認して僕も、奈代さんの正面に座る。

 テーブルには先輩たちが昼休みに来たのだろうか、将棋盤が置かれていた。

 譜面は、奈代さん側のコマが圧倒的に少なく、玉が金と銀に囲まれた状態になっており、遠くから角と飛車が睨みを聞かせている状態になっている。

 完全に奈代さん側が詰みの状態だった。

 この力量さは、あの先輩たちだなぁ。


「藤原君?」


 目の前の力量差が一目で分かる盤面と、少しだけ説明が大変だという現実逃避から完全に思考が目の前のことから外れてしまっていたが、奈代さんの声で引き戻される。


「ごめんごめん。昨日の説明だよね」

「はい。細部までしっかりと起きたことの説明をお願いします」

「うん。分かってるよ」


 そう言いながらも、どこから説明しようか実はまだ悩んでいた。

 だから、先に確認だけしておこう。


「奈代さん先に一つ聞きたいんですが、いいですか?」

「はい、なんですか?」

「今日は頭痛は起こりました?」

「……いえ」


 どうやら、かぐや姫は約束をしっかりと守っていてくれているようだ。

 それが確認できただけでも良かった。

 それならば、僕もちゃんと約束を果たさないと。


「なら良かったです」

「…………」

「奈代さん?」

「藤原君が何かしたんですか?」

「う、うん。そうだけど」

「……そうですか」


 けれど、何故か奈代さんは不服そうにしているのかが分からない。

 今までの悩みの種だった頭痛が解決したのに、何が不服なのだろうか。

 全く見当がつかない。

 

「どうして、奈代さんはそんなに不満そうな顔をするんですか?」

「分からないですか?」

「分からないです」


 僕の回答に、奈代さんが更に不満そうな表情になる。

 ある意味珍しい表情だった。

 冷静で端麗な表情や、笑顔、困惑顔は見たものの、不満顔は初めてのため、貴重だった。

 だが、ずっと不満顔だとこちらも困るので、ここは素直に聞くのが一番だろう。


「あの。すみません」

「それは何にですか?」

「えっと。焦らしてしまって?」

「不正解」

「ええ?!」


 まさかの不正解判定に困惑する。

 てっきり、回答を先延ばしにされたことを怒っているのかと思ったが、違ったようだ。

 そうなると、まるで分からない。

 とはいえ、これから話したいことは沢山あるのに、ここ時間をかけすぎるわけにもいかない。


「正解を教えて頂いたもよろしいでしょうか?」


 今にも座っている椅子の上で正座をするくらいの低姿勢で正解を聞く。


「……はぁ」


 奈代さんはたっぷりと溜息を吐いた後、ここで時間を使っても仕方ないと判断したのか、正解を教えてくれる。

 

「私の知らない所で問題が解決したのが、気に入らないんです」

「え?」

「自分の知らないところで、問題が発生して、解決している。気に入らないんです」


 言われてみれば、奈代さんはそういう正確だ。

 問題の解決を重要視しつつ、未知のものが未知のままであることを嫌う。

 前世の記憶や頭痛の件も、知らない恐怖の方が勝っていたため、僕に教えてもらったら、あっさりと受け入れた。

 彼女にとっては、問題を既知にすることが大事なのだろう。

 

「それはごめんなさい」


 彼女の性格の一端は見ておきながら、奈代さんのことを理解できてなかった。

 僕が申し訳なさそうな表情をしていると、奈代さんもフォローするように慌てて言って来る。 


「あっいえ。すみません。私も教えてもらう側の立場、しかも私の抱えていた問題を解決してもらっておいて不服そうにしてしまって」

「いや。奈代さんは謝ることじゃないよ」


 逆に申し訳なさそうに顔をされてしまい、その場で頭を下げる奈代さんの姿に今度はこちらがフォローをする。

 流石にこのままでは、お互いのフォローの仕合で時間を使うのはもったないため、一旦お互いに飲み物を飲み落ち着く。


「それじゃあ。改めて聞かせてください」

「分かりました」


 それから起こったことを話した。

 奈代さんの肉体を人質に会話をしたこと。

 頭痛が起こるメカニズム。

 前世の記憶の記憶を引っ張り出す方法とリスク。

 夢について。

 かぐや姫が奈代さんに対してどう思っているのか。

 頭痛と感情の流入の解決のために交渉したこと。

 それら全てを話した。

 一部、手を繋いだことや腕に抱き着いたことなど言わなくてもいい、かぐや姫だけの大切な思い出に関しては伏せておいた。





「これらが昨日、奈代さんが気絶してからあったことです」


 全てを聞き終えて奈代さんは、昨日かぐや姫の話を聞いた時以上に衝撃を受けたのかピクリとも動かない。

 きっと今は彼女の中で整理をしているのだろう。

 僕からは声を掛けない。

 彼女の心が落ち着くのを待つ。

 とりあえず、待っている間は目の前にある将棋盤の譜面を逆算するとしよう。

 

 十分くらいたっただろうか。

 譜面を考える間に飲み物を飲み干し、既に空となっていた。


「ふ…け」

「え?」


 突然に奈代さんが口を開く。

 何を言っているのか聞き取れず、耳を傾ける。

 

「ふざけないでください!」

「うわぁ」


 聖母奈代さんが爆発した。

 

「私の生活を荒らして、私の感情を弄んで、私の睡眠すら妨害するその全てがただのおまけ! 無意識なんて! そんなの許せません‼ 許せるはずがない!」

「な、なよさん?」

「しかも、自重すれば頭痛を起こさないようにできるのに、しないってどういうことですか?!!」

「落ち着いて奈代さん」

『バンっ!!!』

 

 感情の爆発が止まらない奈代さんを落ち着かせようと声を掛けるが止まらない。

 しまいには、机は強く叩く。

 その音に完全に僕は止める気力を削がれ、彼女の言葉のサンドバッグになることを選択した。


「そのうえ、私の身体なのにどうなっても良いってどういうことですか?! もっと大事にしなさい!」

「そ、そうですよね」


 奈代さんの怒りがごもっともであり、怒る権利がある。

 正直、僕も脅されていなかったら、切れてただろう。

 それでも、普段優しい奈代さんのこんな姿を見ることになるとは思わなかった。

 昨日はかぐや姫の意外な一面を見て、今日は奈代さんの知らない一面を見た。

 ある意味、この学校で僕だけが知っている奈代さんの一面と考えると、少しだけ嬉しくなる。

 とはいえ、このままでは他の部活にもうるさくて迷惑になるかもしれないので、そろそろ本気で止めないとまずいが、怒れる彼女を鎮める言葉が思いつかない。


「勝手にこっちに色々押し付けられているのに、どうして私がその子のために体を週二回も貸さないと行けないのよ」

「それに関してはごめんなさい」

「藤原君も、もっと別の交渉材料はなかったんですか?! それか私に相談してから交渉しても良かったんじゃないですか?」

「そんな場面じゃなかったし、相談する暇のなかったので」

「でしたら、一度私に戻ってから相談してまたその子に会って話せばよかっただけでは」

「いや、それも考えたけど。普段狂っているような言動ばっかりするかぐや姫が何故か冷静でちゃんと意思疎通できていたうえに、いつ出てくるのか分からないから機会を逃したくなかったんだ!」

「……どうして」


 僕の言い分に、奈代さんは少し落ち着きながら理由を問う。

 いつもの柔和な視線とは違い、今にも噛みつきそうな眼光でこちらを見る奈代さんに僕はありのままの本心を告げる。


「奈代さんに一秒でも、これ以上苦しんでほくなかったから」

「え?」

「確かに、奈代さんに一旦相談してから、別の機会も考えた。けど、それはいつになるのか分からない。一週間後、一カ月後。そんな曖昧ものを頼りにして、奈代さんが苦しみ続けるのが許せなかったから!」


 これが全て。

 論理性も何もない感情論。

 これで怒られるなら、それはそれでいい。

 少なくとも、僕は僕の選択に後悔はなかった。

 ちらりと奈代さんの顔見る。


「あぁああ。そ、そうですか」


 先ほどまでの激情は完全に消え去り、燃え盛る炎は消化されたようだ。

 今までの自分の行動を改めて振り返り恥ずかしいのか、奈代さんの顔が真っ赤に染まっていた。

 口元を震わせ、何だったら体も小刻みに揺れている。

 そして、さきほどまでの荒々しい言動を止め、椅子に改めて座る。

 

「分かりました。藤原君も私のためを想ってくれてやったこと。本来なら私は感謝をしないといけない所なのにすみません」


 良かった。いつもの奈代さんだ。

 普段通りに戻ったのを確認して、ほっとする。

 しかし、何故か顔を上げず、俯いたまま話をする。

 まぁ。奈代さんがそのままで良いなら、僕はそれでもいいので会話を続ける


「いや。結局独断専行であることには変わらないから、奈代さんの怒りはもっともだよ」

「さっきのは忘れてください」


 きっと荒れ狂っていた姿だろう。


「忘れられるように努めるよ」

「ありがとうございます」


 いつもなら。無理というところ。実際、無理なのだが。今は話を先に進めたいの合わせておこう。


「それで、かぐや姫と交渉したことなんだけど」

「週二回一時間、身体を貸すという話ですね。大丈夫です。自分の為でもあるんですから、それくらいの時間は捻出するのは問題ありません」

「奈代さんは部活とか入ってないんだっけ?」

「……頭痛の件がありましたので」


 言われてみればそうだ。

 ランダムに頭痛が起こる状況で、部活など入れるはずがない。

 僕の配慮が足りなかった。


「で、でも。今なら部活に入っても問題なんじゃないの?」


 頭痛問題は解決するなら、今からでも入った方がいいだろう。もちろん、彼女が入りたい部活があればだが。


「そうですね……では、ここに入部します」

「え? 入部体験して面白かったですし」


 確かに奈代さんは先週入部体験と名目で僕の近くいた。

 でも、まさか気に入ったとは思わなかった。


「いいの? 正直、普段はほとんど何もしてないよ」


 大会前などは積極的に試合をしているようだが、それ以外はただのたまり場となっている。

 まぁ。僕はそれが気に入ってるから入ったのだが。


「それでいいんです。学校に自由に使える空間があるのは何だか楽しいじゃないですか」


 意外にも奈代さんもこちら側の人間だった。

 秘密基地のロマンが分かるのは結構なことだろう。


「それに部活と言う名目で、ここで集まって、ここでかぐや姫に体を貸した方が周りの目を気にしなくていいですから」

「それはそうだね」


 確かに特に部活らしい部活をしないここなら時間の調整はしやすいだろう。

 しかし、それなら。


「わざわざ所属はしなくても、帰宅部のままでもいいんじゃない?」

「いえ。部活に入っていれば、何かあって帰りが遅くなっても部活だからと家族に話をしやすいので」

「納得」

「それに、私もここにある冷蔵庫を使いたいので」

「御目が高い」


 何だかんだ言って、奈代さんも高校生活を充実させる気は満々のようだ。

 そういうことなら、拒否する理由がない。

 もともと、ただの一部員である僕が断る権利もないわけだけどね。


「じゃあ。週二回を後はいつにするかだね」

「藤原君はもう一つ部活に入っているんでしたっけ?」

「うん。そうだけど」


 あれ?奈代さんにもう一つ部活入っていること言ったっけ?

 まぁ。良いか。


「そっちは何曜日に活動していますか?」

「そっちも不定期だから、行きたいときに行くって感じかな。そんな緩い感じが好きだし」


 実際、入部してからまだ数える回数しかいってない。

 入部したばかりということもあるが、基本的に行かなくても何も言われない。ここと同じで緩い部活となっている。

 だから、奈代さんが懸念するようなことは無いはずだ。


「なら、基本的に藤原君も放課後は自由と言う感じですね」

「そうだね。バイトとかもするつもりではあるけど、部活があるかって言って、シフトの方は調整するよ」

「分かりました。ありがとうございます」

「逆に奈代さんが駄目な曜日はある?」

「金曜日だけ、家の用事で少し早く帰る必要があるかもしれないで、避けたいですね。それ以外は基本的に自由なので、藤原君にお任せします。相手をするのは藤原君ですから」


 そう言って、奈代さんは僕に判断を一任することにした。

 奈代さんの話を聞きながら考える。

 選択肢は月曜日から木曜日。

 正直なことを言うと、二連続にすると僕の方が精神的キツイ可能性があるため、精神衛生上のため一日は空けたい。


「じゃ、じゃあ。火曜日と木曜日の後にここで」

「火曜日と木曜日。分かりました」


 僕の提案に奈代さんも承諾してくれる。

 これにて話し合いは終わりだ。

 明日は火曜日なので、早速大変な目に遭うことが確定しているが、今だけは肩の荷を降ろそう。

 

「じゃあ。良い時間になってきたし、そろそろ帰ろうか」

 

 長く話し込んでいたこともあって、時計を見ると既に部活動も終わる時間となっていた。


「その前に一点いいですか?」


 椅子から立ち上がり、片づけを始める僕に奈代さんは座ったまま聞いてくる。


「昨日のことなんですが」

「他に何か聞きたいことがあった?」


 一応、奈代さんに関わる事を全部言った気はするが、何か気になる点があるのだろうか。

 奈代さんは、顔を赤く染めながら、微かに僕とは視線をずらしながら聞いてきた。


「わ、私の告白の返事を聞いても良いですか?」


 僕はその言葉を聞きながら、色々衝撃的なことがありすぎて忘れていたわけではないが、流れたものだと思っていた自分を恥じた。

 さて。どうしよう。

 

 

  

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