第十九話 交渉は重く
「協力?」
「そう。 君にも理がある協力だよ」
「どんな理ですか?」
「君の愛を守ることが出来るものだ」
「愛っ」
掛かった。
僕の口から『愛』という言葉が飛び出したのが聞いたのか、うっとりしたような表情を見せるかぐや姫に、行ける!と思った。
彼女の心解されている間に、具体的な内容について提案する。
「頭痛が起こって、感情の一部が漏れ出るのは君の僕への感情が発露しているからなんだよね」
「そうですね」
「なら、定期的に僕が相手になるから、その感情の発露を抑えることってできないかな?」
「多分、頑張ればできると思います……けど」
僕の提案に、先ほどまで蕩けていた彼女の顔が引き締まる。
愛の狂信者の癖に、妙なところで冷静だ。
僕のする提案が、本当に自分が愛を獲得するためになるのかを吟味している。
「私の愛は、貴方様が思っている以上に重いですよ」
意訳すると、それなりの対価を貰うということだろう。
僕は、一度奈代さんを裏切っている。
それが彼女のためにと思った行動とはいえ、彼女に情報を隠蔽する真似をしてしまっている。
何より、彼女の苦しむ顔を見てしまった以上、それなりの覚悟は出来ているつもりだ。
「毎週一回、特定のタイミングでのみ、君には表に出て貰ってその時に君のお願い事を聞く。それでどう?」
頭痛が起こるのは、彼女の感情の発露によるもの。
そして、それがランダムで起こってしまうのは、欲求の方向性はあるものの、爆発タイミングの指向性のないものゆえに爆発するものだと考えている。
なら、こちらで彼女の感情が爆発できるタイミングを指定してしまえばいい。
それなら、奈代さんが苦しむこともなくなるはずだ。
「もちろん、お願い事もそれ相応のことを聞くよ。性的なことは勘弁願うけど」
どんな願い事を叶えると言っても、奈代さんに傷が残るようなことはできない。
もちろん、先ほどまでの手を繋ぐや抱き着くまでなら、許容できるが、それ以上は駄目だ。
彼女から苦しみを取り除くために行動しているのに、その結果彼女を傷つけるようなことになっては本末転倒だ。
「その提案に私が乗るメリットは分かりました」
「なら」
「けど、乗らないデメリットもないですよね」
冷たく。
僕を本当に愛しているのか疑いたくなるような冷静な一言が突き刺さる。
初めて会った時の狂気を潜め、一人の人間を見極めるよう高貴な人物として一面を見せてくる彼女に冷や汗をかく。
未だに腕に抱き着き、体温を感じさせる距離にいるのにも関わらず、冷たい。
今にも抱き着いている腕をへし折ってしまうのではなかと錯覚させるほどの冷淡さがある。
初めて見るかぐや姫の一面。
というより、これが本来の彼女なのかもしれない。
人を見極め、残酷なまでのお題を出し、人を区別する。
心臓の鼓動が速まる。
喉が渇く。
「私はその提案に乗らずとも、貴方様と触れ合うことはできます」
「でも、奈代さんに感情が流れるのは嫌なんだよね」
「貴方様と触れ合えるなら、些細なことです」
「奈代さんを苦しませずに済むよ」
「この子の苦しみけど、私は苦しみません」
「……」
「まぁ。貴方様がもっと条件を変えて下さるなら、考えなくもないです」
ここにきて、まさかの交渉材料になると思っていたものが、彼女の中では重要項目出ないと発覚。
なお、感情の発露の我慢自体はできるが、それをして感情の流出防止を自己的にやるつもりはないようだ。
完全に見余った。
こちらが条件付きとはいえ、自由な時間を用意するとなれば、この狂信者は飛びつき絶対に要求を呑んでくれると思っていた。
もっと言えば、彼女は何だかんだ言って奈代さんのことを気遣っていると思っていた。
先ほども交渉として体を崖から投げるという選択肢を作ったものの、それは脅して、実際にはやらないのではなかったのではないか。
体が冷えることを考え、あの場を離れた。
それは体を気遣っているからだと思い込んでいた。
だが、それは僕のそうであってほしいという妄想に過ぎなかった。
真実、彼女は愛に狂っていた。冷静に狂っているだけだ。
更にはこちらの目論見を潰したうえで、それを利用しての自分に対する条件をレイズしてきた。
完全に一枚上手を行かれていた。
かぐや姫に僕の算段が悉く潰される。
流石に事態を甘く見過ぎていた自分に嫌気がさす。
詰めの甘い自分に嫌悪する。
「どうしますか?」
けれど、ここで引くわけにはいかない。
「じゃあ、断った場合のデメリットを出しましょう」
「断った場合のデメリットですか? それは一体何があるのですか?」
こちらの提示に驚く表情を見せているが、その内情はきっと冷静のままだ。
何故なら、彼女からしてみれば提案を断った場合のデメリットなどないと思っているからだ。
だからこそ余裕があるし、冷静でいられる。
彼女が冷静に物事を考える限り、僕に勝ち目はないだろう。
ならば、まずはその思考力を奪えばいい。
「僕は今後、永遠にあなたを嫌いになる」
「……え??」
「魂に刻み付けるほど君を嫌って、来世だって……何度輪廻転生したって君を嫌い続ける」
「そ、それは」
先ほどまで冷淡で余裕のあった彼女に明確な動揺が生まれる。
このまま押し通す。
「君がこの提案を断った瞬間この場から君を振り切って逃げるし、学校だって親を説得して転校する。君が見つけられない場所に行く」
「でも、それでは貴方様は大事な友人をお捨てになることになりますが」
「残念。僕に今のところ友人と呼べる人は一人しかいないし、まだ春。新しい学校に行って友人を作り直す時間としては十分ある」
彼女との交渉のため、強気で言っているが、内心号泣だった。
何が悲しくて友人が少ないアピールをしなくてはいけないのか。
あっ。駄目だ心が崩壊する。
「で、でも。それでは……その」
しかし、心の破壊と引き換えに、かぐや姫は完全に冷静さが無くなり、言葉も上手く出せなくなっていた。
彼女は、来世再び会いに行けばいいと言っているが、出来ることならそんな面倒なことはしたくないはずだ。
やると決めたら、躊躇ず命を投げるが、出来れば避けたいに決まっている。
彼女なら、本当に来世でも、僕を探し出せるかもしれない。
しかし、それがいつになるか分からない。今回よりも早いかもしれないし、遅いかもしれない。
そんな博打を打つくらいなら今を大事にしたいと考える。
何より、来世でも嫌うと言ったのが大きい。
既に嫌われることが確定しているのに会いにいくのは、愛に溺れる彼女とて辛いだろう。
……いや、彼女の事だから来世でも見つけ次第嫌われても押し倒して無理やり迫る気はするが。
それでも、余計な手間を増やしたくないだろう。
愛に飢える狂信者から目的である愛を奪う。
それがこの冷徹な盲目者に対する対応だ。
「どうしますか? 今ならそのデメリットを回避した上で週二回一時間、僕に好きなことをお願い事が出来るけど」
そして、動揺がマックスになったところで再び交渉。
ぱっと見の条件緩和しつつ、追加の条件を保険のため付け加えておく。
時間制限が付いているが、完全にこちらの思惑にハマった彼女には週二回という緩和された条件の方に耳が傾くだろう。
人間、聞きたい話を聞き、聞きたくない話を無意識に小さくしてしまうものだ。
だから、これは賭けだ。
動揺した彼女が時間制限について指摘すればそれを解除すればいい。そうすれば、彼女としては、自分の要求が通ったと安堵するだろう。
指摘されなければ、こちらとしてはメリットだ。
どちらにしても週二回までならと考えていた。
だから、彼女がどう選ぼうがこちらとしては嬉しい。
「さぁ。どうしますか、かぐや姫」
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