第十四話 デートは誰と?
月日はあっさりと過ぎ、週末がやってきた。
いつもならば、昼近くまで寝ることが多いが、今日はそんなことをせず、朝から準備を整える。
普段は服装には無頓着で、今までも小さい頃から一緒の人間と遊ぶことしかなかったため、着れれば何でも良いというスタンスだったが、流石に今日ばかりは真面目に服を選ばなければいけないため余裕を持って起きることにした。
それ以外にも、身だしなみチェックや、六子駅周辺の店や見どころを再確認など、やっておきたいことは多くある。
更に、学校程ではないがここから距離もあるため、少し早めに出る必要があった。
準備が整い、時計を見て程良い時間になったことを確認して、
「行ってきます」
家にそう告げ、出る。
駅には休日ということもあってか、多くの人が賑わっている。
休日なのに、人がガラガラだった最寄り駅とは大違いだ。
予定の三十分前。約束の時間までまだあるため、北口改札を出ると、改札から出て来る人が一望できる、正面にある柱に寄りかかる。
「ゲームでもしてるか」
予定時刻まで、まだある。
真面目な奈代さんのことだから、五分前に来るだろうけどそれでもまだ時間はある。
出会ってからのことを考える時間にしてもいいが、今はどちらからというと緊張を解したかった。
イヤホンを耳につけ、スマホに目線を向け、アプリを起動する。
「藤原君こんにちは」
「うわぁ!」
しかし、アプリの起動を見届けることなく、柱の陰から突然の挨拶をされる。
完全にアプリの方に意識を向けていたことに加えて、いる筈が無いと思っていた人物の声が聞こえたことによって、思わず声を上げてしまった。
周りからは一瞬だけこちらに視線を注がれるがすぐに、視線を元に戻して、自分達の生活に戻る。
「どうしたんですか?」
自分が驚かせたという自覚がないのか、奈代さんはそう言って柱の陰から姿を現す。
「こ、こんにちは奈代さん」
引き攣りながらも笑顔で挨拶を返すと、奈代さんも笑顔で返す。
意外なところから出てきたので驚いたが、改めて落ち着いて彼女の姿を見る。
いつもの絹のような長い黒髪はポニーテールのように一本にまとめれており、肩に掛けるように滑らかなとてもシンプルだった。服装もチュニックと呼ぶのだろうか、何かのゲームで見たお尻辺りまである長袖の白いロングシャツと青を基調としたいくつかの刺繍が施されたロングスカートを履いている。
清楚な感じがあり、とても奈代さんの雰囲気にぴったりだった。
「私の服装が気になりますか?」
どうやら、自分でも思ったよりじっと見てしまったようだ。
「あっ。いや。奈代さんの雰囲気的に和服とか着てくるのかぁってちょっと思ってたから意外というか」
悲しいかな。こんな時に褒めるではなく、思っていたことを口にしてしまうあたり、ちゃんとしたコミュニケーション能力の不足を感じてしまう。
何故、嘘でも似合わっていますとか言えないのだろうか。
「ふふ。和服も持っていますけど、外では着ないですね」
「あ。そうなんだ」
「見てみたいですか?」
「一度くらいは見てみたいかな」
「そうですか。じゃあ、いつか見せますね」
「なら、その時を楽しみにしてるよ」
正直、和服姿は見てみたい気持ちはあるので、見る機会があるなら是非とも目に焼き付けたい。
「ええ。いつか見せますよ」
「ん?」
「いえ。それよりお昼ってもう食べましたか?」
何かを小声で言ったが、周りの雑踏にかき消されて聞こえない。
聞き返そうにも、話を完全に切り替えられてしまったので、聞き返す必要もない内容なのだろう。
「一応。食べてきたよ」
元々の集合時間は昼食時間を過ぎたものだったため、念のため来る途中で買っておいたおにぎりを食べておいた。
けど、よくよく考えたら彼女を食べてきてない可能性を考慮して、こちらも食べておいたことにすれば良かったかもしれないが、後の祭りだ。
彼女が既に昼食を済ませていることを祈ろう。
「良かったです。私も済ませてきたので、直接目的地に行けますね」
「目的地?」
どうやら彼女の中では今日の予定は決まっているようだ。
個人的には、既に学校外でも頭痛が起こらないことは証明されている以上、このデートに何の意味があるのか知りたいが、楽しんだ後でも良いかもしれない。
少なくとも、こんな美少女と一緒に遊ぶ機会など、今後一生ないのだろうから。
「早速行きましょう」
奈代さんは目的地を言わず歩き出したため、思考を中止してそれを追いかける。
しばらくするとそこに辿り着いた。
「映画館?」
「はい。実はみたいものがありまして」
「あまり、テレビとかって見ないんじゃあ」
「全く見ないわけではないですし、見たいものがあれば見ますよ」
確かに、制限があるだけで見ないとは言ってなかった。
奈代さんの聞いた限りの生活上、映画などは今回はないと思っていたから、予想が外れたことに少しだけ内心揺れた。
とはいえ、ありがたい。
ある程度、会話をシミュレーションしたり準備をしてきたが、長時間話し続ける自信はなかった。
だから、あまり喋らなくて済む映画館と言う場所は、こっちしても嬉しい。
「入りましょう」
「うん」
入ると、奈代さんは真っ直ぐにチケット発行機に近づき、チケットを二枚発行する。どうやら事前に予約済みだったみたいだ。
そして、発券した一枚を僕に渡してきた。
「どうぞ」
「ありがとう。お金直ぐ払うからちょっと待ってて」
僕がチケット分の代金を払おうと、バッグを手に取ると奈代さんがバッグに突っ込んだ腕を掴み制止してきた。
「今回は私がお願いした立場ですし、奢らせてください」
「いや」
「奢らせてください」
笑顔のまま有無も言わさぬ迫力と僅かな不気味さが混ざった雰囲気言ってくる奈代さんに負けて、バッグから手を引っこ抜く。
それを確認すると、奈代さん微笑を絶やさぬまま、上映館の入口へと向かってしまう。
僕はそれに続き、中へと入るが、先ほどの笑顔が忘れられない。
奈代さんも、こちらを向かないまま歩き続ける。
「そういうば、今回の映画ってどんな話なの?」
流石に無言はきついので、少しでも話題を作ろと、渡されたチケットを見ながら尋ねる。
恋愛系のタイトルであることは分かるが、普段映画などあまり見ないせいで中身が予想できないので少し気になる。
「見てからのお楽しみです」
しかし、奈代さんはこちらを向かず表情を見せないままそう言ってしまう。
声は映画を楽しみにしているのか弾んでいるように聞こえるが、顔が見えないので分からない。
結局、そのまま会話は続かず座席に辿り着く。
そして、座って一分もしないうちに周りの照明は落ち、横に座っている奈代さんの顔も暗闇で朧げなものになる。
「きっと、藤原君も楽しめますよ」
「それならいいですが」
スクリーンに映像が映る直前、奈代さんが声を投げかけてきたため、それに軽く反応する。
本当はもっと色々聞いてみたいが、流石に上映中は周りにも迷惑になるため、会話が出来ない。
上映が終わり、感想を言い合う場面にでもなったらでいいか。
せっかく映画を観に来ている以上、映画は映画で楽しもう。
そう思い、奈代さんの方に向けていた顔をスクリーンに映す。
上映が終わり、映画館を出た僕が得た感想は一つ。
(まっっったく楽しめない!!!)
映画自体は良い。
キャストも演技に熱が入っており、カメラワークや場面の転換、話のテンポ良さと普段映画を観ない僕からしても良いと思えた。
しかし、それらを全て帳消しにするほど、物語が駄目だった。
正確に言うなら、普通の人からしたら泣ける物語だろう。
けれど、今の僕に見ていて感動などよりも辛さが胸に突き刺さる結果となった。
(なんでよりによって二重人格もの!!)
記憶を失った彼女を支える主人公が、昔と今の彼女を比較しつつも、新しい彼女の人格を受け入れていくが、途中で記憶を思い出す中で今の彼女の人格が消えつつあることに葛藤する主人公の話。
驚くほどに今の僕と状況が一致する点が多い映画に対して、もはや意図的にこの映画を選んだのではないかと錯覚してしまうほどに、類似点が多かった。
それを何も知らない奈代さんの隣で見るというのも心臓に良くない。
そのせいで、すっきりした気持ちで見ることが出来なかった。
「ふ…ふじわ……藤原君」
「あっ! え?」
「え? じゃなくて、どうでしたか? 映画」
頭を抱えて、先ほどの映画について愚痴を内心でついていると、隣を歩いていた奈代さんに声を掛けられていたことに気が付く。
映画の感想を求めらたけど、本音の。
「奈代さんの状況と一致しすぎてて、気持ちよくはなかったよ!!」
なんて答えるわけにはいかない。
そんなことを言おうものなら、今の関係は破綻するだろう。
破綻するだけならまだしも、やっぱり何かを知っていたのだと責められる方が辛いので、適当な回答をしておく。
「そうだね。結構ドキドキして見れたよ」
嘘はついていない。ある意味正直な感想だ。ただドキドキの意味合いがこのタイミングで普通に感じるものとは違うだけ。
「それなら良かったです。この映画前評判良くて気になっていたんですよね」
「確かに、結構人入っていたね」
「友達から勧められて気になっていたんです」
「そうなんだ」
僕はあまり知らないがこの映画は今人気の様で、奈代さん自身友人に結構推されたらしい。
つまり、この映画を選んだのは奈代さんの意思ではなく、友人の意思によるもの。
それが分かり、少しだけホッとしてしまう。
「奈代さん的にはどうだった?」
「藤原君と一緒です。ずっとドキドキしていました」
ごめんさない。多分そのドキドキは一緒じゃないです。
「教えてくれた友人に感謝だね」
「そうですね。でも……多分藤原君が一緒に居てくれたのも大きいと思います」
「え?」
「何でもないです」
奈代さんからあり得ない言葉が 聞こえた。
彼女は誤魔化すように言うが、しっかり聞き取れてしまった。
まるで、ゲームのヒロインのような台詞。
しかし、それは恋愛好意を持った人間に対してする言葉だ。
少なくとも、奈代さんが僕に向けるものではないだろう。
ここで彼女が僕に好意を持っていると勘違いして違ったときが恥ずかしい。
今、彼女の顔を見てしまって何かを知ってしまうことが怖い。
僕は内心で「彼女と僕は協力関係」を何度も暗示をかけるレベルで呟く。
「こ、この後どうしようか」
僕は話題を変えるように彼女にこの後のことを聞く。
よくよく考えれば、彼女の今日の意図も聞いていない。
本当に映画を観るだけであれば、僕のことを誘う意味がない。
頭痛に関係することだろうが、既に解決しているのに目的が分からない。
「もう少しだけ私に時間を使ってもらってもいいですか?」
「どこか行きたいところあるの?」
「はい。今日の目的地があります」
「メインは映画じゃなかったの?」
「映画はついでです」
「どこ行くの?」
「少し遠い所です」
確かに、奈代さんは今日の目的地がこことは一言も言ってない。
時計を見る。映画が長編ものだったが、それでも二時間程度の上映だったこともあり、時間はまだ十五時半程。
帰る時間を考えてもまだまだ、時間には余裕がある。
「良いよ」
「ありがとうございます」
奈代さんはお礼を一言を告げると、再びどこに行くとは言わずに歩き出す。
僕も彼女のその行動に慣れてしまい、黙って後を追う。
映画館を出てすぐ近くにあるバス停に向かう。
バス停には既に何人か並んでおり、地元の人と言った感じでない人が多かった。
奈代さんと共に列の最後尾に着く。
「ちなみに、そこで奈代さんは何かすることがあるの?」
「私が何かするという訳でないですけど、雰囲気のあるところなので一度見て貰いたくて」
「雰囲気?」
「はい。私の好きなところです」
そう話している奈代さんの表情は、故郷を懐かしむような温もりのある微笑みをしていた。
その表情は、美しくこちらの心も温めるものだった。
ついその表情に見惚れていると、バスが到着する。
「行きましょう」
奈代さんに見惚れていたせいで、反応が遅れた。既に前に並んでいた人はバスに乗っていたため、急いでバスに乗り込む。
学校での授業の会話などで持ち上がっている内に目的地に着いたようで、運転手がバス停名を告げた瞬間
「ここです」
そう言ってバスを降りた場所は郊外から外れた場所だった。
僕たち以外にも多くの人がバスを降り、バス停のすぐ目の前にある広い雑木林の奥へと進む道に入っていく。
奈代さんも人の流れに逆らわずそのまま道を進む。
「ここって」
そして、しばらく進むと大きな門の入口が出てきて、そこの傍に入場用の受け付けがあり、多くの人が並んでいる。
そして、その門には見覚えがあった。前日、周辺の見どころスポットを調べた時に出てきたところだ。名スポットとして紹介されていたが、駅周辺どころか郊外の離れたところだったので除外していた。
そのため、あまり詳しくなく、この門を画像で見たため思い出せた程度だ。
他にも記述があったはずだが、思い出せない。
「恋人用ペアチケット一つ」
「えっ?」
考え込んでいる間に奈代さんが受付にそう言って入場券を買う。
僕は一瞬だけ奈代さんの方を向いたが、何も言わないでという強い視線を浴び黙る。
受付の人も一瞬だけ訝しんだが、奈代さんが笑顔で対応するとすぐに営業スマイルに戻った。
代金を割り勘で払い、チケットを受け取りその場を離れると僕は奈代さんに嘘をついた理由を問う。
「どうして、恋人用って言ったんですか?」
「恋人用ペアチケットだと割引になるので」
「でも」
「お金は大事なので、節約できるところはしないとです」
そういう彼女の台詞は正論だけど、奈代さんは嫌ではないのだろうか。
「奈代さんは僕なんかと恋人扱いで嫌じゃないの?」
「使えるものは使いませんと」
NoともYesとも取れない回答をする奈代さん。
明らかに回答を避けられた。
表情も笑顔のまま変化がなく、心の変化を読み取れない。
「そんなことよりも行きましょう」
サラッとそんなこと呼ばわりされた!
傷心している暇を与えることなく、さっさと人ごみに紛れて進んでいく奈代さんを見失わない追いかける。
門を潜ると、そこには一面大きな竹に囲まれた空間が現れた。
真ん中に大きい敷居で用意された通り道の左右には、無数の竹が風に振られ音を鳴らす。
人々はその間を通り、流れ、雄大な竹林を見上げていた。
思い出した。
ネットの記事で、今の時期は美しい新緑の竹ではなく、僅かに黄色がかった竹が多くなる。普通のなら、それは見どころではないが、夕陽が差込み始める十六時過ぎからは、竹林の隙間から入る夕陽によって、本来美しい緑が取り柄の竹たちを、色鮮やかな竹林とすると書かれていた。
実際に目にすると壮観だった。
更にただでさえ色彩良くなった竹は、風が吹くことによって、ランダム的に入ってくる夕陽を浴びて、色の変化させる。
人々は竹林の美しさに足を止め、その光景を目に焼き付けようとその場で眺める。
僕もその光景に、まだ入ったばかりにも関わらず足を止めてしまう。
しかし、奈代さんだけが竹林から目を離し、僕の方を見て真面目な表情で言う。
「もっといい所があるんですが、行きませんか?」
「もっといい所?」
「はい。いわゆる隠しスポットです」
完全に竹林の美しさに囚われていた僕は、奈代さんの提案に頷く。
これ以上に美しいものがあるならぜひ見てみたい。
その昂る感情のせいで、僕は彼女の表情に隠された意図に気が付けなかったことに後悔した。
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