第九話 相談は重く
次の日、僕は現実から一時避難するため本とゲームに没頭するため学校を休んだ。
更に翌日。流石に両親が共働きをしている手前、いつまでもサボる訳には行かないので学校に向かう。
下駄箱の前にたどり着いたが、先日のことを思い出してしまい足が震える。自然と校内に入ることを忌避してしまう。
かと言って、このまま入り口の前で立っているのも目立ってしまう。
それはそれで嫌なため、意を決して中へと足を踏み入れるが。
「あっ」
「へ?」
僕の中の勇気、二歩目を待たずにお別れを告げることになった。
中に入ると奈代さんが立っている。
下駄箱に手を突っ込み、上履きを取り出しているところで、こちらを見ながら静止していた。
周りの声が消えて、僕と奈代の時間だけが切り離される感覚になる。視界の周りが白く染まっていき、狭くなり奈代さんしか見えなくなる。しかし、それも一瞬だけだった。
「えっと。お、おはよう」
また、あの時の様に襲われるかもしれないと考えつつも、何か言わなくてはいけないと思い挨拶をする。しかし、彼女から返ってきたのは無言のキツイ視線だった。
僕にはその視線が少しだけ嬉しかった。
勿論、僕はドMという訳ではないため、嬉しいと思ったのは快感からの感情ではない。
純粋な安心からだった。
自称かぐや姫だと名乗る少女ならば、あんな冷ややかな目は向けてこない。
だから、今の彼女は僕の知る奈代輝夜さんだ。
知るといっても、あまり関わりがないため断言するのもおかしな話ではあるが、とりあえず、前のような狂気的な目で見られることはない。
僕が肩の力を抜くと、彼女は何を考えているのか分からない表情で、出している途中だった上履きを下駄箱の中に戻してこちらに近づいてくる。
さっきまでの安堵は一瞬だけ消える。この前にように押し倒されるかもしれない。
無いと分かっていても、体が反応してしまう。一応何かあってもすぐに動けるように足に力を込めておく。
しかし、彼女は僕の横を抜けて行ってしまった。
「校舎裏に今から来て下さい。お願いします」
真横を通る一瞬。奈代さんは僕の耳にだけ聞こえる声でお願いをしてくる。
どこか怒気が含まれているようにも感じる声音だが、彼女の方に視線を向けると、早足ながらも綺麗な歩みをしていた。
周りと逆行する奈代さんに、下駄箱前にいた生徒の視線が集まるが、お構いないしとばかりに出ていく。
僕は少しだけ呆けるが、正気に戻る。
そして、変な勘繰られをされたくないため、先程までいた人たちが校舎の中へと入っていくのを待ってから外へと出る。
行く先は勿論決まっている。
奈代さんが指定した校舎裏だ。
校舎裏と言われると、漫画やアニメを普段から見ている僕としてはカツアゲが行われる場というイメージがある。そのため、さっきの彼女の様子と合わせて嫌な予感しかしなかった。
それでも呼ばれたからには行かないという選択もない。
僕は様々な想像を巡らせながら、奈代さん待つ校舎裏に到着する。
そこには校舎に背を預けることをせずに、真っ直ぐに立つ奈代さんが居た。
背筋が伸び、凛々しくあるその立ち姿には華がある。
その佇まいには、一昨日の物理準備室で話していた時の様な弱弱しさが感じられない。
まるで彼女が頭痛で不機嫌なときの雰囲気に似ている。
しかし、微妙に違う。最後に話したときのような刺々しいものを感じない。
ただ、いつも通りにしているだけというようだった。
出来ることならば、一枚写真を撮ってみたい。
美しいものを保存したいというオタク魂が囁く。
そんな衝動に駆られるが、それをしてしまっては盗撮。歴とした犯罪だ。
初対面にはコミュニケーションを上手く取れず、好感度をマイナスにしやすいのに、盗撮変態野郎というレッテルも貼られてしまえば絶望的。
初対面からマイナス印象というどうしようもない学校生活になってしまうため、ここは理性を強く保つ。
深呼吸を一つ入れる。
「お、お待たせ」
先程までの心の中のやり取りを悟られない様に、今しがた来ましたという体を装って声を掛ける。
僕の声に奈代さんはこちらへ体を向ける。
「すみません。時間を取らせてしまって」
僕の姿を確認した瞬間、奈代さんはいきなり腰を折り謝って来た。
その姿には怒気も不機嫌さもない。
本当に時間を取らせてしまって申し訳ないという良心から溢れる誠実なものに感じた。
その姿に、先ほどまであった緊張の糸が解かれる。
物理準備室の一件で何か怒られるのではないかと思っていたが、杞憂に終わりそうな様子に僕は安堵する。
「それは大丈夫だけど。一つ良い?」
「はい?」
僕は話に入る前にさっきから気にしていることを聞いておく。
「僕が近くにいても大丈夫なの? ほら、昨日僕が近くにいると頭が痛くなるって言ってから」
僕が奈代さんを不審に思ってしまった原因であるあの頭痛の件だった。
一昨日の不和もそれのせいだというのに、今の彼女は痛みを見せる素振りもない。
我慢しているだけと言われてしまえばそれまでなのだが、どうも違うように見えたので確認しておくことにした。
「はい。今日は大丈夫なようです」
「そう。なら良いけど……それで僕に何の用なの?」
なんとなく彼女が頭痛を感じなくなった原因に心当たりがあるが、言わないでおこう。なので、一言彼女の言葉へのフォローを入れてから本題を聞くことにする。
「本題に入る前にもう一点謝せて下さい」
「何について?」
「一昨日の物理準備室のことついてです」
本題に入る前に物理準備室であったことについて、自分に非があると謝ろうとする奈代さんに僕は慌てる。
「い、いや。あれは奈代さんの事情を聞かなかった僕も悪いし」
今でも何故あんなに強気になっていたのか僕自身謎だ。
確かにあの時は理不尽な拒否に少し怒りが湧いたものの、普通ならば流せばいいことだ。
それなのにムキになり、彼女を追い詰めてしまった。
完全僕の愚行が招いた結果でしかない。
「何より頭痛も僕に原因があるようだし」
あの頭痛の原因。
それはもう分かった。
あれはきっと、僕に近づいて自称かぐや姫の記憶が表に出てこようとした結果なのだろう。
しかし、そうなると気になるのは奈代さん記憶の方だ。
彼女にはあの時の廊下での記憶はあるのでだろうか。
それとも、二重人格みたいに各々で記憶を分けているのだろうか。
気になる点は湧いてくるが、今は彼女の話に集中しよう。
「いえ、初めから事情を話していれば良かったんです。そうすれば不審に思わせなくても済んだんですけど」
「いや。本当にもう済んだことだから大丈夫だよ」
「そ、そうですか」
最初に話した刺々したなど全くなく、微かに潤んだ目でこちらを見て来る奈代さんに、思春期盛りの僕の心に不謹慎にもグッと来てしまう。
それと同時に良心がとても痛む。
過去の愚かな行いが後ろからちくちくと刺さってくる。
僕は背中に冷や汗をかきながらも、ポーカーフェイスをする。
「ならいいですが」
「そ、それで本題って?」
このまま困った表情を見せる彼女を見ていたらこちらの心のHPが持たないため、話を進めるように促す。
僕の言葉に奈代さんが一歩近づいてくる。
ただそれだけなのに、僕は何故か圧を感じてしまう。
「変なことを聞くかもしれないけど良いですか?」
「うん?」
奈代さんの前振りに身構える。
先程から会話をしている限りでは、彼女には気狂い姫の時の記憶はないとみて間違いないと判断はしたけど、実はあるのかもしれない。
そうなると話はややこしくなる。
今は彼女が記憶ないことを前提として、面倒なことは避けたいため僕からは藪蛇にならないように、あのことについて深く突こうとはしない。
だけど、彼女が何かを覚えていて僕に確認をしてこようとするならば、なんといえばいいのか分からなくなる。
やり過ごす方法がなくなってしまう。
そもそも、今こうやっている間にもまたキチガイ姫が出てくる可能性があるので気が気では無かった。
だから、今何を聞かれても冷静でいられるように身構えておく。
彼女が記憶はあるパターンと無いパターン。
どちらの可能性が来ても良いように。
「藤原君はあの後、どこにいたの?」
……これは、どちらだろう。
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