輝夜さん…物理的にも重いです

鶴宮 諭弦

第一章 重い1年の始まり

プロローグ 重いです

「うへへ。待って下さいな、別に昔のように無理難題を押し付ける訳ではありませんから」

「僕はその昔を知らないんですけど!!!」


 桜も散り、緑葉が木を染め始める時期。

 夕日は沈み掛け、グランドから聞こえていた部活の声も遠くなる時間帯。

 校舎には誰もおらず、既に下校時間のため電気もついていないので、太陽の沈む最後の足掻あがきとも思えるほどに輝く光のみが、学校の中をあかく染め上げる。

 そして他の人の足音一つ聞こえぬ静寂せいじゃくな中、男は廊下に寝そべっていた。

 起き上がろうにも、腹に感じる物理的な重さで押さえつけれているせいで起き上がれない。

 何とか首だけを動かし、その物理的な重さの正体に目向ける。

 重さの正体は一人の美少女であり、男子の体をまるで椅子であるかのように馬乗りで腰かけていた。 

 美少女に座って貰える。

 人によってはご褒美に感じるかもしれないシチュエーションだが、今の男子には恐怖でしかない。

 その理由は少女の表情にあった。

 恍惚こうこつとした笑みを浮かべながら、感情の昂りと窓から差し込む夕日によって真っ赤に紅潮こうちょうした頬。荒い息をしながら体重を掛けて来る少女はその美しさときぬのようであでやかな長い黒髪も相まって、妖艶ようえんさすら見受けられるものであった。

 しかし、その目には執念しゅうねんとも言い換えることが出来る程に途方とほうもない狂気きょうきを帯びており、男をすくませるのには十分な迫力があった。


「さぁ! さぁ! 今一度私を……」


『記憶があることは必ずしも良いことだとは言い切れない』


 現実逃避を選択した男子の耳には少女の言葉は遠ざかる。

 最後に意識を飛ばそうとする最中さなか、どこかで聞いたフレーズを走馬灯そうまとうのように思い出しながら、男子はその言葉を重く受け止めることになる。



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る