かくして文化展は幕を開ける
あの日の荒川の吐露があったからといって、俺達の関係は変わることはない。更に言うのであれば、狛江さんはいつものように夕飯を作りに来ている。あの時のことについては触れられていない。
表面上はいつも通りの日々が流れている。それを助けているのは、いよいよ明日にまで迫ってきた文化展の準備なのだろう。今日は、展示場所に移っての準備のために丸一日割いているくらいだ。
「先輩、延長コード取りに行ってきてください」
「いや、俺が超作業してるの見えてないの?」
「私に一任したんだから、大人しく使われてください。往生際が悪いですよ」
彼女の前には一つ分の学年の差も、部長の肩書も意味をなさないらしい。
「へいへい、分かりましたよ」
天体観測の様子をまとめている途中の模造紙はそのままに、展示場所となった視聴覚室をあとにする。
学校内はどこもかしこも文化展ムード一色で、教室からは様々な指示出しの声が聞こえ、廊下には製作途中の看板や展示物が、所狭しと並べられている。すれ違う生徒の中には、当日に着るであろう衣装を早くも身にまとった生徒もチラホラと見受けられる。
「すみません、科学部です。延長コード借りに来ました」
「延長コードね。はいよ。って、片倉じゃないか」
「どうもっす」
「クラスの方は近寄ってすらいない感じか」
倉庫の担当は三鷹先生のようで、クラスTシャツも着ないで科学部員として来ていることに、なにか言いたげな表情を浮かべる。
「まあ、こういう時だけ参加するのもアレなので」
「どうして君等は同じことを言うんだ……」
大きくため息を溢した三鷹先生は早く行けと言わんばかりに手を払い、それに従って倉庫をあとにする。
しかし、まあ、君等ってことは、同じことを言うようなやつがいたのか……。
「持ってきたぞ、延長コード」
「ありがとうございます。じゃあ、次は暗幕の設置お願いします」
「待て、少し休ませろ。いや、休ませてください。活気にあてられたんだ」
「活気にあてられたら、普通やる気になりません? というわけで設置お願いしますね」
そんな言葉が耳をつき、延長コードが取り上げられ、代わりにずっしりと重たい暗幕が腕に掛けられる。許可を取って休もうだなんて思っちゃダメだったみたいだ。
暗幕の設置は特に問題もなく終え、養生テープでの目張りを進める。小さな隙間が一つでもあれば、映し出される星空は途端に光で崩れてしまう。そこに気を遣うくらいはしようじゃないか。
「よしっと、これで終わりか」
最後の隙間を塞いで小さく溢す。
先ほどの教訓を生かして、終わったことは報告せずにぼんやりと外の景色を眺める。暗幕で遮った窓の向こうは中庭になっており、組み上がったばかりのステージの上で、出し物の練習に勤しむ姿が良く見える。
流行りの曲に合わせて踏まれるステップはなかなかのものだ。
都合の良い逃げ道にしているそれのために、全力でやってきた成果は何とも目に悪い。
「先輩、そろそろ終わりましたか? って、何やってるんですか」
中庭に集まってきた生徒たちが彼女らに惜しみない拍手を送りだしたところで、後ろから声が聞こえてきた。
「いや、ちょっとな」
「はぁ、サボってたんですね」
「いや、これは、ほら敵情視察的なアレだから。指示にない仕事まで進んでやってるあたり俺の勤勉さが輝いてるだろ」
「よくもまあ、そんな言葉がとっさに思いつきますね。準備は終わったのでいいんですけど」
「さようですか」
私はクラスの方に顔を出してきますからと言い残し、荒川は軽やかな足取りでこの教室を後にした。
普段教室での人間関係は面倒くさいだなんだいっている荒川もこうなのだから、いかにクラスに近寄らないのが普通でないのかを強調してくる。
* * *
昨日の活気もすごかったが、今日の活気はそれとは比べ物にならない程だ。
開催を告げる花火の音が響いて、中庭のステージでは開会式が始まった。花火の音に負けじと爆音で流れるミュージック。盛り上がる観衆。
近隣住民からの苦情は大丈夫かしら、なんて場違いなことを思いながらその様子を眺める。
「先輩、呑気に眺めてる場合じゃないですよ。開会式終わったら営業開始なんですから、準備しないと」
「仕事の前くらいのんびりさせてくれよ」
「ダメです」
力強い否定にため息を一つ溢して、開会式に背を向けた。
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