狛江さんとのちょっとした非日常

 先輩、友達と出かけるので部活休みます、なんて電話を受けたので、今日の部活は休み。試験明けというのもあって、やる気がなかったのでちょうど良い。


 学校前から伸びる大通りを外れ、閑静な住宅街を横切る帰路を歩いていると、塀の上にたたずむ白猫がこちらをじっと凝視してきた。撫でさせてくれるのかと思って手を伸ばせば、少しこちらに興味を示したが、手の中に何も握られていないことが分かると、そっぽを向いてしまう。


「悪いが餌になりそうなものは持ってないんだ。俺も餌付けされてる側なんでね」


 自虐ネタっぽくに言ってみれば、使えないと言わんばかりに尻尾を向けて塀の向こうへと行ってしまった。


 そんな様子を見ていたのか、ふふふ、なんて笑い声が後ろから聞こえてくる。


「今日はよく会うね、片倉君」

「おう。ってか見てたのかよ」

「まあね」


 キザなセリフの数倍恥ずかしいセリフを聞かれたせいか、先ほどまでの寒気とは一変、血が頬へと上ってきて体中が熱くなる。それを感じながらもそっけなく、そうかと返して次の話題を探す。


「あー、この後はスーパー寄るのか?」

「うん、寄ってくよ。試験も終わったし、ちょっと豪華な夕飯にしたいんだけど、それにはいろいろ足りないからね」

「荷物持ちが必要なら言ってくれよ」

「じゃあ、お願いしようかな」


 ちょっと豪華な夕飯って何なんだとか、試験の結果はどうだったとか、部屋でしているような他愛ない話をしているうちに、スーパーの目の前まで来ていた。ちょっと前までは毎日のように通い詰めていたのに、ここ最近が御無沙汰だった懐かしの場所だ。


 狛江さんは慣れた手つきでカートにかごを載せて押していく。最初の目的地はキッチン用品スペースだとか。

 狛江さんはスーパーでの買い物に慣れきってるようで、カートを代わりに押すことも必要なさそうだ。役に立てるとしたら、重いものか高い場所のものが登場する時くらいだろう。そんなことを考えながら後ろをついていく。


「コーヒー用のフィルタもう切れかかってたよね」

「あー、そういえばそうかもな」

「じゃあ買っとくね」


 俺以上に俺の部屋のキッチン事情を把握している狛江さんは、足りなくなりそうなものや、無くなってたものをかごに入れていく。確認は毎回取られるのだが、もちろん把握できていないので、適当に頷いてしまっている。

 我ながら適当過ぎるし、狛江さんに任せすぎてしまってる気がするが、まあしょうがない。専門家に任せてしまうのがいいだろう。いや、俺の家の事なんだから、俺が専門家じゃないといけないんだけども。

 莫迦な事を考えながらあたりを見まわしていると、端にあるコーナーに目が行く。


「どうしたの?」


 つい、足を止めて見入っていると、付いてくる気配がないことに気づいたのか、狛江さんが踵を返して隣にやってきた。


「いや、ちょっと気になってな」

「今使っているのが気に入ってるんじゃなかったの?」

「そうなんだけど、ちょっとな……」


 色とりどりのマグカップを眺めていたのは、俺のを新調するためではない。いつまでも来客用を使っている狛江さん用だ。毎日のように世話になり、食後のお茶までお供してもらってるのに来客用のままなのは忍びない。しかし、いざ言葉にするとなると、いきなり難しい。


「あー、その、なんだ。俺のじゃなくて、狛江さん用にって思ってな」

「え? ……私に?」


 自分のという体で買ってしまって渡すことも考えたが、センスに自信があるわけでもないし、一緒に選んだ方がお互い幸せになれるのは確かだ。そう自分に言い聞かせて紡いだ言葉に、疑問符ばかりの返答が。


「毎日使ってるのに、いつまでも来客用ってのもアレだろ」

「いいの?」

「まあ、いつも世話になってるしな」

「ありがと。どれがいいと思う?」


 いや、それが分かったら、こんなところで切り出したりしてないからね。自分で選んで、食後にしれっと渡したりするから。誰に言うでもなく、そんなことを考えながら、視線を棚へと走らせていると面白いデザインのものが目に留まる。


「この猫のやつ?」


 狛江さんが指さしたのは、ちょうど俺が見ていたマグカップ。持ち手が側面に描かれた猫のしっぽのように見えるデザインのものだ。


「よくこんなデザイン思いつくなって」

「確かにね。それにすごい可愛いし」


 狛江さんはそのマグカップを手に取ってまじまじと見ている。他にも良さげなデザインのものをいくつか手に取っては、その度にうーんと悩んでいた。



「よし、これにする」


 狛江さんから、この言葉を聞けたのは、最初にマグカップが手に取られてから5分ほど経ってからだった。いつもなら適当に文句でもつけたんだろうが、満足げな表情を前に文句は言葉になることなく溶けていった。


 マグカップを買って満足。なんてことはなく、メインの目的でもある食材の買い出しへ。俺には到底わからない違いを見極めて、どんどんとかごに食材を入れていく狛江さん。せっかく買い物に付いてきたのにすることがない子供のように、手持ち無沙汰になる俺。


「なんか、一緒に食器選んだり、買い出ししたりってデートっぽいね」


 買い物も終盤、いよいよ重たいものが登場というところで、狛江さんがそんな台詞をボソッと零した言葉が俺の体温を上げていく。

 難聴系主人公がうらやましいぜ、と必死に莫迦なことを考えようとするもうまくいかない。果たして俺はどんな顔をしているのだろうか。

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