第31話 Re.8月14日 サキの世界②
初めて宮田センパイを見た時は、なんかお気楽そうな人だな、って思った。
どうせ将来なんてほとんど描けてなくて、その場のノリで生きてる人なんだろうな、って。
実際そうだったのは、正直笑った。
楓さんに向かって「何もしない俺を好きになってくれる人と結婚したい!」なんて大胆に宣言してるんだもん。
羨ましいな、ってのが素直な感想。
あたしは彼ほど正直に生きていけないから。
母と義父の顔色を伺って、一番めんどくさい形で爆発した結果がこれ。
楓さんに迷惑かけて甘えてる。
その罪悪感は日増しに心を蝕んでいる。
あたしは、店を出ていく彼に小さく手を振った。
ちょっと変わった自分なら、これくらいの愛想はできるんじゃないだろうか。楓さんの受け売りだけど。
彼は少し驚いた顔をして、何か言いかけた。
しかし、無惨にも扉がそれを阻んだのであった。
偶然にも偶然。
近場の探検をしていると宮田という人と鉢合わせた。
こんな薄暗い裏通りで何を、と思ったが、それはあたしも同じ。
彼はいきなり「喉渇かない?」とあたしを誘ってきた。
知ってる、援交ってやつだ。
学校の知り合いがやってるからそれなりには知識がある。
それにしても、こんな弱々しそうな男がソーユーコトをやってるだなんて……意外。
人は見かけによらないんだな。
しかし、彼な誘いを突っぱねたあたしは赤っ恥をかく事になった。
ホントにただのお茶をしただけ。しかも奢り。
世の中にはJKお散歩なんて気味の悪い遊びもあるみたいだけど、もしかしてこれも似たようなものかも。
どうやら彼は、喫茶店の詩織という女性に好意を抱いているようだった。彼女を見る目が明らかに違うので、すぐに分かった。
嫌な気はしなかったけど、ちょっと妬ける。
だから、またあたしと会うように約束を取り付けたり、わざと関心を引くような事をした。
彼の困っている顔や、慌てている様子を見るのは愉快だった。
そして気付いた。
知らず知らずのうちに、あたしは宮田宗治を心の中心に据えていた。
極めつけは、熱を出してダウンしていた日。
熱に意識を乗っ取られて彼の唇を奪った。
いや、乗っ取られたなんて嘘。
自分の本能を抑えられなくなっただけ。
彼から拒絶に等しい扱いを受けた時は、誤魔化すのが大変だった。
そんなこんなで、気づけば楓さんに浴衣を着付けてもらっていた。
「おぉ〜」と店内から歓声があがる。
見ると、神田さんと富丘さんが、ぱちぱちと手を叩いている。
照れくさくなって鏡に映る自分に意識を戻した。
「これでよし」
ポンと楓さんに頭を叩かれると、綺麗な
あたしには不似合いだ。
「こんな高そうなのいいですよ。落としちゃったら大変だし」
「気にしなくていいの。それに、これはおまじないだから」
「おまじない?」
「そう。宮田くんと上手くいきますように、って」
「なっ!?」
あたしが宮田センパイを好いているのは皆にバレバレだったようです。
もじもじしていると、楓さんがあたしの背中をポンと押した。
「ほら、早く行かないと遅れるわよ」
美容院の皆に見送られて祭りで賑わう外へ出た。
宮田センパイはすぐに見つかった。
相変わらず普通な後ろ姿。
ある意味、普通すぎて分かりやすくもある。
それにしても歩きにくい。下駄って痛いし、コンクリの衝撃モロに伝わるしで1つもいいとこないじゃん。
「宮田センパ……」
声をかけようとしたが、ガラスに反射する自分を見て言葉に詰まる。
全身が映る自分を見ると急に恥ずかしくなって、宮田センパイの背中に半ば倒れ込むように寄りかかった。
「目隠ししろ」なんて無理難題を押し付けて、困惑を誘った。
まぁ、踏ん切りをつける程度の時間稼ぎにはなったかな。
虚しい時間稼ぎが終わり、あたしは浴衣姿を晒す。
「よく似合ってるよ」
たぶん、顔がにやけてたと思う。
だって好きな人に褒められたんだもん。
顔に出ちゃうよ。
そんなだらしない顔を隠す為にお面を買った。
これでどんな不意打ちがあっても安心だ。
あたしは今日、宮田センパイに告白する。
恐らくフラれるのは分かってる。
彼が好意を寄せているのは、詩織さん。
分かりきってるんだけど、諦めきれない。
こんなに誰かを愛おしいと思ったのは初めてなんだ。せめて自分が納得出来る形で散りたい。
見るからに怪しいアクセサリーの屋台があった。指輪やネックレス、ピアスや宝石の欠片。バリバリの偽物なのは間違いない。知らないけど。
「記念に1つ買って」
あたしは指輪のネックレスねだった。
宮田センパイにフラれる記念に欲しい。そうすれば、今日の事をずっと忘れないでいられる。
彼は偽物だから価値はないよ、と耳打ちしてきた。
価値はあるよ。あなたをずっと忘れたくない。
その為にはこれが必要なんだ。
最後は宮田センパイが折れて、ネックレスをゲット。看病してあげた恩が活きた。
早速首にかけてみる。超軽い。
なんだこれ、発泡スチロールみたい。
でもいいの。空っぽの中身に思い出は詰め込めるから。
けれど、あたしはそこで1番見たくない人に出会ってしまった。
タピオカドリンクを求めて、たどり着いた先に彼女はいた。見紛うはずもない。
宮田センパイの想い人、詩織さんだ。
詩織さんと目が合ったあたしは内心晴れやかではなかったけど、必死に自分を取り繕った。
それなのに、何故かセンパイが逃走。
あたしと詩織さんが2人取り残された。
まあ、逃げた理由は何となく分かる。
あたしといる所を詩織さんに見られたくなかったんだよね?
もし、あたしがセンパイと同じ立場だったら同じように逃げたと思う。だからあいこ。
「何にします?」
「……じゃあコレを」
適当にメニュー表を指さした。
正直、タピオカどころじゃないっていうか。とにかく気まずい。
正解は沈黙だったんだろうけど、詩織さんが放つ独特な圧に気圧されたあたしは無意味に口を開いてしまった。
「今日は、その……たまたま会っただけで……」
やっぱり苦しかったかな?
一瞬こちらを見た詩織さんは、また手元の作業に戻っていく。
「その浴衣、よく似合ってます」
「あ……ありがとうございます……」
ようやく返事が来たと思ったら嫌味かよ!
あなたに言われても全然嬉しくない!
熱気の中でも汗ひとつかかない。スタイルだってモデルみたい。彼女を見て女として嫉妬しない方がおかしい。
そんな人に容姿を褒められても、惨めになるだけ。
「宮田先輩と付き合ってるんですか?」
あまりにストレートな質問が来た。
あたしはぶんぶんと頭を横に振る。
「でも、彼のことは好きなんでしょ?」
口ごもる他に選択肢がなかった。
もし、あたしが素直に「好きです」と答えて、詩織さんが宮田センパイから手を引くなんて事があってはいけない。
たぶん、詩織さんも宮田センパイのこと好きなんだろうな、ってさっきの出会い頭に見せた反応をみれば分かる。
あたしを恨めしそうに見ていたから。
こんな負けを認める発言を堂々としたくなかったけど仕方ない。
あたしは精一杯の笑顔を見せて言った。
「好きです。けど安心して下さい。今日フラれる予定なので」
「そうですか……でも、そうはならないと思いますよ。彼は昔からそういう人だから」
「昔? それってどういう……」
「今夜喫茶店で待ってます。その時に全部話しますよ」
タピオカドリンクを押し付けられて、強引にその場から捌けさせられた。最後に見せた不敵に笑う詩織さんの顔が怖い。
記憶から追い出すように走り出していた。
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