第29話 8月24日(後編) シアタールーム

 


「──センパイ! ──宮田センパイ!」


 体が揺すられて、意識が覚醒してくる。


 目を覚ますと、紗希ちゃんが横になった俺を覗き込んでいた。


 起き上がって周りを見渡すと、営業を終えた喫茶店の店内だった。


 全体的に薄暗いせいで、目の効きが悪い。

 僅かに灯った間接照明で何とか紗希ちゃんの顔を認められるくらいだ。


 カーテンも閉め切られてるし、もはや人が外から寄り付く事はないだろう。


 スマホで時間を確かめると、21時57分だった。


 佐山さんから着信とメッセージが入っている。


『宮田くん?紗希ちゃんはいつ頃帰ってくる?』


『今日も紗希ちゃん泊まるのかな?』


『そろそろ心配です。どこにいるの?』


 佐山さんに相当心配をかけてる。早く帰らないと。


「紗希ちゃん、帰ろう。佐山さんがカンカンだ」


「ダメ。『記憶の停留所』の話を聞くまでは帰れない。楓さんにも伝えといて」


 そう言えばそんな事を言ってたような……そうだ、確か詩織さんが『記憶の停留所』が何処にあるのか知ってるって聞いて、それから急に意識が途切れたんだ。


「お目覚めですか?」


「詩織さん……」


 昼間に見た時とは、その印象を大きく違えていた。


 髪を後ろで結って、前髪がかからないようにピンで止めている。


 服装は白を基調とした真夏でも涼し気な格好は息を潜め、ワイシャツにスカートとズボンが一体になったスカッツを面白みもなく着ている。


 詩織さんは店の鍵を閉め、「どうぞこちらへ」と関係者以外立ち入り禁止であるはずのバックヤードに案内した。


 一番奥まで進むと、またひとつ扉があった。


「こちらの部屋でお待ちください」


 中に入ると、人が10人ほど収容できるシアタールームだった。


 椅子も映画館顔負けで、一人一人がゆったりとスペースを確保できるような、広々とした空間になっている。


 紗希ちゃんはぎゅっと腕にしがみついて離れない。


「行こう」と声をかけると、落ち着かない様子で小さく頷いた。


 2人並んで腰掛ける。普段行っている映画館より何倍も座り心地がいい。

 けれど、体に走る緊張感は拭えなくて、不必要に周りをキョロキョロと見渡した。


 特に目につくものは無い。


 あるものといえば、映画を映すスクリーンとフィルムをセットする映写機くらい。

 ホントに映画を見るためだけの部屋だ。


「何かお飲み物は?」


 スクリーンの前に立った詩織さんは、勝手に話を進めようとする。


 上手く状況を飲み込めない俺は詩織さんに問うた。


「ここは一体、何なんですか? どうして喫茶店の裏にこんな施設が?」


「この場所があなた達が探してた『記憶の停留所目的地』ですよ」


「……え?」


 あまりに淡々と言うので、反応も相応に静かなものになってしまった。


「ここに、スポイトメモリー技術によって失われた2つの記憶作品があります。1つは羽山紗希。そしてもう1つは、」


 映し出されたスクリーンに、2人の名前が浮かび上がった。


「宮田宗治。あなたです」


 言葉を失った。


 どうして、俺の名前がスクリーンに映し出されている?


 詩織さんが言っているスポイトメモリー、つまり俺は既に記憶売買と関わっていたのか……?


「混乱するのも無理はないと思います。けれど、ここにあなたの真実があります。観ますか?」


 答えられなかった。そもそも頭の整理がまだできていないのだ。


 だって仕方ないだろ?


 最初は紗希ちゃんとの思い出作り的な意味合いが強かった『記憶の停留所』探しだった。

 見つかるとすら踏んでなかったんだ。


 それがなんだ。


 急に現れた詩織さんに、ここにありますよ、なんて告げられて、オマケに俺も記憶を売ってただって?


 理解を捨てようとしてしまうのも仕方なのないことではないか。


「ちょっと待って」


 紗希ちゃんが間に割って入った。


「その前にあたしの記憶から先に観せて」


「構いませんが、1つだけ忠告しておきます。例え、あなたが過去の羽山紗希の記憶観たとしても、当時の想いを蘇らせることは出来ません。所詮は記憶。過去を観るだけなのです」


「別にいいよ」


 俺と目を合わせた紗希ちゃんはにこっと笑う。そんな彼女に俺の心情はさらに乱れる。


「紗希ちゃん、どういうつもりだよ?」


「いいじゃん! ほら見て、100円って書いてるよ。あたしの記憶、たった100円で観えるならちょー気になるし、よくない?」


 言葉では気丈に振舞っているが、その表情から抑えきれない恐怖が見て取れる。


 俺が狼狽えてどうする。


 真実が目の前にあるのならば、うじうじ足踏みしてる訳にもいかないだろ。


 俺は紗希ちゃんの手を握った。

 意を突かれたのか、小さな体がビクッと跳ねる。


「その次は俺のを見るからな。絶対寝ちゃダメだぞ」


 紗希ちゃんが頷いたのを見届けた詩織さんが口を開く。


「今回のお代は結構です。これもサービスの1つとしてお考え下さい」


 たかが100円のサービスなんてあってもなくても一緒だろ。


 部屋中の照明が落とされて、スクリーンの中に映像が浮かぶ。


 映し出されたのは、8月14日。


 紗希ちゃんとの夏祭りの日だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る